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はじめに:今回の記事は、2017年に改正され、2022年4月から有効となっている改正食品表示法「原料原産地表示制度」の解説です。
長文かつ地味に難解な箇所もあるので、興味が無い方は、4月以降に変わった国内ウイスキーメーカー各社のラベル表記と、その意味を解説した記事として、記事中盤のラベル表記分析、それが内包する誤解の種や闇に関する箇所を読んで頂ければと思います。

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日本で作られるウイスキーの一部には、海外から輸入された原酒が使われていたこと。輸入ウイスキーやウイスキーではない酒類を、ジャパニーズウイスキー化して販売するロンダリングビジネスの存在…。

2016年、あるウイスキーのリリースがきっかけで表面化した、日本のウイスキー産業が内包する課題、ある種のグレーゾーンとそこから生じる”闇”は、その後、様々な議論や情報発信を経て基準が制定され、国産ウイスキーといっても一括りにはできないことが、愛好家の中では常識と言えるくらい認知度が高まったところです。
当ブログにおいても、最初期から問題提起、解決策の提案、メディアによる関連する情報発信の紹介、関連規約の紹介・解説等の情報発信を継続的に行ってきました。

一方、最近、国内メーカーが製造・販売するウイスキーの裏ラベルに「●●産」や、「国内製造」「英国製造」などの表記がみられるようになりました。
先の経緯を知る方だと、なるほどこれは2021年に定められたジャパニーズウイスキーの基準による表記か、と認識されるかもしれません。ですがこれは2017年に改正された食品表示法「加工食品の原料原産地表示」によるもので、この法律が効果を発揮するまでの経過措置期間が、酒類においては2022年3月31日までだったことから、4月以降に製造・出荷されたウイスキーについて法律に準じた表記がされるようになってきたものです。

同改正法はすべての食品、酒類に適用され、あくまで一定の整理に基づいて原料・原産地を明記しようという法律です。
後発となる洋酒酒造組合のジャパニーズウイスキーの基準は、同改正法との横並びはとられているものの、一般消費者へのわかりやすい説明を行う義務を定めた改正法と、ジャパニーズウイスキーのブランドを守り、高めるための独自基準とでは、全く別の概念となります。
結果、今年の4月以降酒類全般において今までは無かった原料、原産地等に関する情報が明らかになった一方で、ウイスキーだからこそ生じる問題点、分かりにくさが生まれつつあります。

一例としては以下の画像、左側のシングルブレンデッドジャパニーズウイスキー富士。富士御殿場蒸留所のモルト原酒とグレーン原酒のみをブレンドした製品ですが、国内製造(グレーンウイスキー)表記がどういう意味か、パッと理解できますでしょうか。

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そこで今回の記事では、改正食品表示法の運用を実際の表示例(各社のラベル)に基づいて紐解き、そうして新たに見えてきた情報、解釈の幅、誤解の種や新たな闇となる危険性を紹介しつつ、今後解決すべき課題を整理します。

前置きとして食品表示法の改正による、ウイスキーにおける原料原産地表示の概要を、以下の通り説明します。
同改正法では原料原産地表示以外に、事業者情報の記入など、他にも変更された箇所がありますが、本記事ではウイスキーの中身を見る上で最も大きな変更点と言える原料原産地表示についてまとめていきます。

※酒類の原料原産地表示に関する概要(ラベルに表記する情報)
  1. 原材料名での産地記入(●●産)は、その製品のもととなる原料の産地が表記される。。
  2. 原材料原産地名での●●製造は、その製品の内容について”実質的な変更をもたらす行為”が行われた国、地域が表記される。
  3. ●●産、または●●製造は、どちらか片方しか表記できない。また、●●産、●●製造が3地点以上になる場合、多く使われている順に2地点を記載し、それ以降をその他としてまとめても良い。
  4. ●●製造に紐づいて表記されるもの(モルトウイスキーorグレーンウイスキーorスピリッツ等ブレンドアルコール)は、製品内で最も比率が高いものだけ記載すればOK
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※参考資料
・食品表示法(酒類関連変更箇所概要):https://www.nta.go.jp/taxes/sake/hyoji/shokuhin/pdf/0020002-131.pdf
・改正食品表示法Q&A:https://www.nta.go.jp/taxes/sake/hyoji/shokuhin/sakeqa/bessatsu_2909.pdf
・ウイスキーの表示に関する公正競争規約及び施行規則:https://www.jfftc.org/rule_kiyaku/pdf_kiyaku_hyouji/whiskey.pdf
 ⇒本規則の解説記事はこちら
・酒税法及び関連法令通達:https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sake/01.htm
・ジャパニーズウイスキーの表示に関する基準:http://www.yoshu.or.jp/statistics_legal/legal/pdf/independence_06.pdf

以上。。。
といっても、文面を読んだだけではわかりにくいと思うので、各社のラベルから代表的なものを解説していきます。
企業の姿勢やブレンドの造り、実は結構色々なことがわかってきます。

なお、本記事は全てのメーカーのラベルを掲載したわけではありません。純粋にパターンが同じだったり、在庫と流通のタイミングの問題もありますが、中にはニッカウイスキー(アサヒビール)のように掲載していないケース※もあります。
表示したりしなかったり、あるいは全部表示したり…そして今まではウイスキーだと思ってたものが…だったり、各社本当にバラバラの状況も見えてくるのです。

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※2022年4月以降も掲載していないケース:
当該改正表示法では「できる限り新基準に基づいて原料原産地表示をすること」としつつも、2017年9月1日の改正法施行前から製造所に貯蔵されていた原酒や原料を使用する場合、産地情報を確認できない可能性もあることから、それが一部使用であっても●●産、●●製造の表記をしなくても良いとされている例外規定がある。
ニッカウイスキーの場合は、主としてベンネヴィス産原酒、ニューメイクの使い方によると推察。


■各社のラベルの原料原産地表示解説

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サントリーの響21年(左)とローヤル(右)。
これはお手本のような表記の整理です。
原材料名、モルト、グレーンは、ウイスキーの表示に関する公正競争規約及び施行規則(以降は「表示規則」と記載)によって、通常のウイスキーはモルト、グレーン、アルコールの順番に記載することとなっているので、これまで通りです。

サントリーはオールド以上のブランドがジャパニーズウイスキーであることを明言されており、響もローヤルも、原料原産地はどちらも国産表記となります。
ただし響21年はモルトウイスキーが、ローヤルはグレーンウイスキーが割合として一番高いため、国内製造(モルトウイスキー、グレーンウイスキー)か、国内製造(グレーンウイスキー、モルトウイスキー)か、異なる順番で記載されています。
響は予想通りかもですが、ローヤルについては意外に感じる方もいるかも知れない新情報です。

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続いては同じサントリーからレッド、そしてサンフーズ社から御勅使。
安価なウイスキーに見られる、スピリッツがブレンドされいてるケースです。
レッドは原材料名はローヤル等と同じ、モルト、グレーンですが、原料原産地は国内製造(グレーンスピリッツ)のみの表記です。

ここで言うグレーンスピリッツは、酒税法に照らし、アルコール度数95%以上の穀物原料のブレンド用アルコールになると思われます。
おそらくモルト原酒、グレーン原酒も一部使われているのでしょうけれど、比率としてはグレーンスピリッツが一番高く。この場合、グレーンスピリッツ+グレーン原酒・モルト原酒+水(度数が高くなりすぎるので39%に調整)を加えた後、カラメル色素で色彩調整であることがわかります。

一方で、サンフーズの御勅使は原材料名、モルト、グレーン、スピリッツで、原料原産地名は国内製造(スピリッツ)になります。
ウイスキーにブレンドされるスピリッツは、先のレッドに使われている穀類を原料としたものと、そうでないモノの2種類に分けられ、穀類原料のものは表示規則で原材料への表示義務がなく、一方で、表示されている場合は廃糖蜜ベースのモラセスアルコールが一般的です。
つまりレッドは穀類原料のスピリッツがメインなので、原材料名には記載がないが原料原産地名に記載があり。御勅使は上述の穀類ではないスピリッツがメインなので、どちらにもスピリッツ表記があることになります。

なお、酒税法上のウイスキーをざっくり整理すると、原酒10%で他ブレンドアルコールでもウイスキーとして成立するのはご存知かと思いますが。つまり上述2銘柄は、記載したスピリッツをモルトとグレーンの合計に対して過半数以上90%未満までブレンドしたもの、とも整理されます。
またどちらも国内製造表記ですが、これらのスピリッツは、アメリカや中国、ブラジル等から粗留アルコールという形で輸入され、それを大手のアルコールメーカーが連続式蒸留を行い、純粋アルコールとして流通させたものが一般的です。
海外からの輸入原料でありながら国内製造表記となっているのは、概要2.にある製品の内容に”実質的な変更”が行われた場所が国内であるため、国内製造表記に切り替わっているのです。

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ラベルがリニューアルしたばかり、キリンから陸と富士山麓。
これは同じ会社の製品ですが、原材料名の順番が違うもの。
シングルブレンデッドの富士の表記は本記事の上部の画像にある通りですが、輸入原酒を使っている陸と富士山麓は、原料原産地名に国内製造、英国製造の2か所の表記があり、どちらも一番多く使われているのはグレーンウイスキー。ただし、モルトウイスキーをブレンドしていない陸は、原材料名の表記がグレーン、モルトと、富士山麓の逆になっています。

陸も富士山麓も、グレーン系でアメリカンっぽい仕上がりの味わいなので、香味の面ではグレーンウイスキー表記に違和感はないわけですが…
「Kさん、富士山麓の裏ラベルの説明文に”世界”が加わったのいつだっけ」
「えっと、最近だね」
「キリンは、フォアローゼズをタンクで運んできて、国内工場でボトリングしてるんだってね」
「…そうだね」
「もう一つ質問いいかな」
「…なんだい?」
「米国関連の表記どうなった?」
「勘のいい客は嫌いだよ…」

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マルスのツインアルプスは、紛らわしい事例の1つ。
自前で蒸留したモルト原酒に、輸入したモルト原酒とグレーン原酒を用いてブレンドされています。
原材料は、前述の通りモルト、グレーンですが、原料原産地名は、英国、カナダ、国内と3か国が並んでいる一方で、国内製造の隣にグレーンウイスキーのみが表記されています。

これはグレーンウイスキーが100%でも、何より国産なのでもなく、使われている原料全体の中でグレーンウイスキーが一番多いという説明です。(※上記概要4.参照)
使われているだろうグレーンウイスキー、モルトウイスキーあるいはブレンデッドバルクも含めて産地としては英国産、カナダ産、国産の順に比率が高いという表記でもあり、その中で一番多いのはグレーンウイスキーですと。おそらくマルスの場合、国産はモルトウイスキーだと思いますが…。
このラベルは背景情報まで知らないと、誤解を招きそうな表記となっています。

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江井ヶ嶋酒造のブレンデッドのあかし(上左)と、シングルモルトのあかし(上右)。
こちらも紛らわしい事例で、よくあるパターンになりそうなもの。
一方で桜尾蒸溜所のブレンデッド戸河内(下4本)は、1種類でもいい原料原産地情報を、全ての原料毎に記載する表記を採用していて、対応は真逆となっています。

ブレンデッドのあかしは、説明文にもあるように自社蒸留のモルト原酒も使われていますが、輸入原酒のグレーンを最も多く使っているので、原料原産地表記は英国製造(グレーンウイスキー)のみ。
逆に、シングルモルトあかしは自社蒸留のモルト100%なので、国内製造(モルトウイスキー)となっています。
シングルモルトはシンプルで分かりやすいですが、ブレンデッドの方は説明文で補足されているものの、ちょっと分かりづらいですね。
戸河内のように書いてくれれば良かったのですが。。。

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原料原材料表記で、大括り化がされている事例もあります。それがイチローズモルトのモルト&グレーン、リーフシリーズのホワイトラベル。

裏ラベルには、世界5地域からの原酒を使っていることが表記されています。直近ロットの原料原産地表示は「英国製造、アイルランド製造、その他(グレーンウイスキー)」。
最近のホワイト、香味としてはほぼほぼグレーンで、若いグレーンやカナディアンの酸味と穀物感のあるフレーバーが目立っており、表記を見るにイギリス(スコットランド以外含まれる可能性も)とアイルランド産のグレーンウイスキーがメインということなのでしょう。
勿論、両国産のモルトウイスキーも、グレーンウイスキーの比率未満で含まれると言う表記でもありますが、香味的にはモルト2のグレーン8とか、そんな比率では…。

一方でここで初めて出てくるのが「その他」表記。つまり大括り化です。
これは、同改正法においては含まれる原材料の産地や原料原産地が3以上ある場合、比率の多い順に2地点を表記して残りは「その他」として良いとされているもの。ここではカナダ、アメリカ、日本はその他分類の比率であることがわかります。
香味的にも、まあ確かに…と言う感じではあり、違和感はないですね。

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最後に今年6月にリリースされた、厚岸シングルモルトの清明。
少し表記の仕方が違うタイプで、原材料が●●産であることを表記する方法をとっています。モルト:(大麦(イギリス、オーストラリア、北海道産))
嘉之助蒸溜所のシングルモルトも同様の表記が採用されてますね。この場合、改正食品表示法では全ての原産地を記載することになっており(※上記概要1.参照。大くくり化も一部認められている)、それに準じた表記となっています。

なお、概要3.でも触れた通り、この●●産表記と、原料原産地の●●製造表記は併記できないため、せいめいの裏ラベルに原料原産地表記はありません。そしてこの表記は、後で別メーカーの商品でも出てくるので頭の片隅に置いてもらえればと思います。


■原料原産地表示の解釈と誤認事例
同改正法の運用が本格的に始まったのは、経過措置期間が終わった2022年4月1日。
一見すると産地が見える化されたようでいて、実は正しく読み解くには改正法以外に、酒税法や表示規則の知識も最低限必要になり、誤解を生みそうな表示になっている商品があるなど、課題を残す状況も理解頂けたのではないかと思います。

なぜこんなことになっているかと言うと、輸入原酒と国産原酒という、2か所以上の産地・種類の原酒を混ぜてリリースされるのは、ウイスキーとブランデーくらいであり。かつこれだけ多くの銘柄、製造メーカーと需要が存在するのは、酒類においてはウイスキーのみであるためです。
ビールや日本酒、あるいは本格焼酎ならこうはなりません。甲類焼酎は、レッドのところで触れたスピリッツを加水したものが大半なので、原料と製造地域で類似の問題が発生しますが。

じゃあウイスキーはもっと詳しく表記するようにすればいいじゃないかと言うと、これもまた難しい。ちょっとでも中身が変わったら、ラベルを全て替えなければならないのは事業者にとっては大きな負担ですし、世界的に原酒と原料が調達されている現代にあって、どこに線を引くのか、何より一般消費者はそこまでの情報を望んでいるのか、消費者と生産者、どちらの立場にも立って線を引くのが法律であるためです。

結果、他の酒類では起こりえない表記と整理の複雑さが生じることとなり、表示に解釈の幅もある運用から、誤解を招きかねない表記だけでなく、新たな闇につながりかねない事例も発生してきています。

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例えば、ファミリーマートで限定販売している、南アルプスワインアンドビバレッジ社製のハイボール缶。原材料名にウイスキー(国内製造)とありますが、同社は国内でウイスキーの蒸留を行っているわけではありません。

同社は以前「南アルプスから湧き出るウイスキー」と説明文に記載した隼天※というウイスキーをリリースしていたことから、なるほど南アルプスにはウイスキーが湧き出す源泉があるのかとかぶっ飛んだことを考えてしまいましたが、そんなトリコ(少年ジャンプ)みたいなことはなく。
※実際は、以下の通り「南アルプスから湧き出るウイスキーに 最適な源水で仕上げた」という説明文で、絶妙な個所で改行されていたことと、文章をどこで区切るかで意味が違ったことから生じた誤読。

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この缶ハイボールは、輸入スコッチバルクとスピリッツをブレンドして加水し、ハイボール用に調整した段階で、モルトでもグレーンでもなくウイスキーとなり、上述の概要2.の「”実質的な変更をもたらす行為”」が行われた中間加工地点が国内と整理されたものです。

おそらく、当該ウイスキーを単体で原料原産地表示すると、
品目:ウイスキー
原料原産地名:グレーン、モルト、スピリッツ(国内製造)
でしょう。そして原材料としてのウイスキー(国内製造)となったものに、添加物とガスを加えて、最終的な品目がリキュール表記となったのではないかと考えられます。

以上の事例だけでも、改正法解釈の”実質的な変更をもたらす行為”については、蒸留なのかブレンドなのか加水なのか、解釈の幅があり得ることが分かるかと思います。
そして、そうした解釈の一つなのか、単なる誤表記か、最後は今回もまた事例の一つとなってしまうのが「松井酒造合名会社」のリリース各種です。

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左:マツイウイスキー 山陰 ブレンデッドウイスキー
原材料名:モルト・グレーン(国内製造)

中央:マツイピュアモルトウイスキー倉吉
右:マツイピュアモルトウイスキー倉吉シェリーカスク
原材料名:モルト(国内製造)

注目してしまうのが国内製造表記ですが、ポイントはそこから少しずれます。
この“原材料名”というのは、食品表示法でも表記規則でも、どちらの整理でも、モルト=大麦、グレーン=穀物となる、文字通り原材料です。モルトウイスキー、グレーンウイスキーの意味ではありません。
つまり、松井ウイスキーの山陰も、倉吉も、表記そのまの意味では、100%国産の精麦麦芽と穀物を使用したウイスキーということになります。(洋酒酒造組合側に、表記の整理を確認済み。) 

松井酒造は倉吉蒸留所にポットスチル等製造設備を2018年に導入・ウイスキーの自社製造を開始していたことから、ひょっとしたらひょっとするのか?
100%国産原料の国産モルトウイスキーとグレーンウイスキーを製造し、他社とは別格な極めて手頃な価格で提供するという、愛好家にとっての優良企業である可能性が微レ存か?

微粒子レベル級の期待を込めて、直接問い合わせをしてみたところ、製造担当者の方の回答は以下の通りでした。
  • 自社蒸留のモルトウイスキー原酒を一部使用している。だが全てを賄うことは出来ていない。
  • それ以外の原酒は、国内提携酒造から調達した国産原酒である。
  • マツイピュアモルトは、この2種類以上の国産原酒をブレンドしているため、ピュアモルトである。
  • 本社は過去にあった事例から、懐疑的な目を向けられることが多くあるが、現在は全て国内調達したウイスキーを使用している。故に裏ラベルも国内製造表記となる。
え、本当に100%国産なの?と、驚いてしまうと思いますが、慌ててはいけません、ここは冷静にいきましょう。

まず、使われているモルト原酒について、わかっていることから整理すると。
倉吉蒸留所は、輸入した麦芽を使ってウイスキーを仕込んでおり、計画としては発表されているものの、現時点で国産麦芽を使った仕込みは確認できていません。
仮に、国内提携酒造から調達した原酒というのが、モルト(国内製造)の本来の意味である、国産麦芽100%で作られた希少なモルト原酒であったとしても、自前の原酒が条件を満たさないため、このラベル表記は誤記である可能性が高いということになります。

グレーンについては、国内の大規模蒸溜所(富士御殿場や知多)からのグレーンウイスキーの安価多量提供のみならず、国産穀物で仕込んでいるグレーンウイスキーの存在は、各蒸留所関係者にヒアリングしても確認できません。
ですがグレーンスピリッツであれば、先に触れたような粗留アルコールを蒸留して造る国内製造グレーンスピリッツを提供してくれるメーカーがあるため、調達は不可能ではないことになります。しかし、純粋にグレーンウイスキーを指さないという消費者の誤解を誘うマナー違反に加え、国内製造の定義が”実質的な変更”によるもので国産穀物ではないことから、こちらも誤記、表示違反である可能性が極めて高いということになります。

そしてこれらは”国内提携酒造から調達した国産原酒”が、本来の意味での国産表記を満たすという前提に立っているものです。
ここから先は私見ですが、これまで個人的に関わってきた日本全国のクラフト蒸留所において話を聞く限り、松井酒造規模の大量リリースに対応できるだけの3年熟成以上のモルトウイスキーを提供してくれる蒸留所は、記憶にありません。ましてオール国産原料となると、なおのことです。
ラベルだけなら認識不足による単なる誤記となりますが、中の人の説明と合わせて考えると、そこにはもう一つ深くて暗い何かがあるように思えてならないのです。


■可能性の話:商品を製造して販売するA社と原酒を調達するB社
さて、以降はどこのメーカーの話でもありません。あくまで私の妄想であって、他産業(魚介とか食肉とか…)での過去の事例から、こういうことが出来てしまうのではないかという仮定の話になります。

現在、日本において各蒸留所で使われているブレンド用ウイスキーの外部調達は、蒸留所が直接行っているケースはまれで、大概は商社、輸入業者を介して行われています。
有名なところだとK物産さんとかですね。商社が調達可能なモルトウイスキーとグレーンウイスキー、その最低量と価格をリストアップし、蒸留所側に提示。蒸留所側が必要な量を発注する。
届いたウイスキーを使って、蒸留所側は商品を開発して販売するというのが、一般的な流れです。

ここで、
・商品を製造して販売するA社
・A社と繋がりが深く、実質的にA社の原料調達部隊であるB社
が居るとします。

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上のイラストのように、B社が輸入してきた原酒を、A社に対して「国産原酒」として展開。
A社は、B社の表記した仕様のままに、商品を「国産」として製品化し、販売した場合はどうでしょうか。

B社が酒類製造免許を持っている場合は、先に説明した概要2.の「”実質的な変更をもたらす行為”」で可能な解釈次第では、輸入原酒を国内製造化できる可能性があり、この場合はグレーゾーンですが合法的に国内製造表記が成立するかもしれません。例えば、上述のハイボール缶の時のような整理です。
ですが酒類製造免許は申請に製造設備を保有していることや、その後の製造実績等の必要があったりするので簡単にはいきません。安易な方法ですが、示し合わせた上での1:1取引なら、何らかの嘘をつく可能性もあります。

そして当該商品に対し、おかしいと消費者が感じたとしても、A社にあるのはB社が提供した「国産原酒」の情報のみです。また、消費者に対しては契約時の守秘義務の関係からと、別会社であるB社の情報をいちいち明かすことはないでしょう。

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食品表示法の改正には、食品を扱う事業者の責任の所在を明確にすることも趣旨としてあり、製造生産者の表記も追加修正されています。
そして法律であるので、某組合基準とは異なり違反金等の罰則規定も当然存在します。原産地の虚偽記載は、2年以下の懲役又は200万円以下の罰金。法人である場合は、1億円以下の罰金。所管省庁による、立入検査等もあり得ます。
ですがこのケースでは、消費者等からB社の存在は見えず、仮に何かがあってばれたとしても、A社としては持ち得る情報で法令に合致した発信をしていたが、調達先(B社)に問題があったと、トカゲのしっぽ切りが出来てしまうのです。

先に触れたように、類似の事件は食品産業においては過去にあった事例であり、紙面とお茶の間を少しばかり賑わせてきたことは、皆様も記憶の片隅にあるのではないかと思います。
これまで、ウイスキーは各社の小さな事業の1つでしかありませんでしたが、今や日本酒を越える日本の主要輸出産業の1つであり、観光資源や地域産業復興のキーポイントとしても期待される、様々な産業と結びつくまでに成長してきています。
光りあるところに闇がある、光が強くなれば、闇もまた濃くなる。こうした考えのもと、見えない形で何かをしようとする人達が出てきてもおかしくないわけです。


■最後に:解決すべき課題と議論の必要性
今回、改正食品表示法について調べることにしたのは、先日キリンの富士シングルブレンデッドジャパニーズウイスキーに関して「この商品はシングルグレーンなんでしょうか?ラベルに国産グレーン表記しかないんですが」としてTwitterで質問を受け、正しく答えることが出来なかったことがきっかけでした。

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この質問は、酒造関係の知人が代わりに解説してくれたことでことなきを得ましたが。
少なくとも私も、質問をくれた方も、そして酒造関係の知人も、この表記は合法でも分かりにくいし誤解を生むという見解で一致しており。
じゃあ他の銘柄はどうだろうかと、色々調べてみたわけですが、思った以上に複雑で、情報量が多く、おかしな表記もある話だったことは、この記事を通して紹介した通りです。

加えて、別に特定企業を叩く意思は全くないし、私怨の類もないのですが、調べていく中で出てきてしまったマツイさんの名前。
マツイさんは、2016年に発生した業界と愛好家を巻き込んだ一連の騒動から、燃えてしまった火を消すのではなく、商売のターゲットを事情を知らないようなライト層、ウイスキー以外の酒類の愛好家、そして日本の情報を得にくいだろう海外層に定めている印象で、その点から見ても今回の表記がただの理解不足による誤記なのか、判断しかねる部分があります。
何故なら、所定の手続きを行い、内容を説明して所管の税務署等の許可を得たうえでリリースするのが酒類だからです。

私自身、以前からブログ等で記載している通り、また自分自身でもリリースに関わっているように、輸入原酒を使って自社原酒には無い個性を得て完成度の高いリリースをすることは、決して悪ではないと考えています。
電子機器、自動車、生活用品各種…オール国産でやっているのが珍しいくらいであるように、良いものは国内外問わず使う、その考え方はものづくりの一つの方針であり、それが結果として独自の強みになることも考えられます。
ただ、問題なのはそれを偽って使うこと、誤解を与えるような形で製品とすることです。

食品表示法の趣旨は、「食品を摂取する際の安全性及び一般消費者の自主的かつ合理的な食品選択の機会を確保する」ことにあります。
偽った説明の元で、合理的選択の機会を確保できるかと言われたら出来ないでしょう。また、誤解を生む表記についても同様であると言えます。
同改正法は、実際に効力を発揮してから間もないため、運用的には法律の趣旨に合致する解釈が、更なる議論を経て整備されていく段階かと思います。先に触れた、いくつかのラベルの表記がそうであり、単に表記を詳しくすればいいだけの問題でもありません。ここは様子をみていきたいところです。

各社の表記をもう1段階統一する、あるいは表記の解釈に関するガイドラインを作る。国内製造表記の実質的変更に関する事例や基準、消費者目線でのQ&Aの拡充があってもいいでしょうし、状況によっては原材料名と原料原産地表記に二重の記載を必要とする…など、知りたい人が必要な情報を、誤解なく正しく得られるようにする取り組みは、この法律の概念に基づき必要なのではないかと思います。
そして、闇になり得る事例、消費者から見えないところへの対応も…。
なんというか、法律や政策というのは、あちらを立てればこちらが立たず、必ず何か想定外が生まれる。バランスが本当に難しいですね。
本記事がこれらの議論の呼び水となり、そして皆様の理解の一助となることに繋がれば幸いです。