お酒の美術館 PBリリース第2弾「琥月」「姫兎」江井ヶ嶋蒸溜所とのコラボに協力

お酒の美術館のプライベートボトルリリース第2弾、シングルモルトジャパニーズウイスキー琥月(KOGETSU)、ブレンデッドウイスキー姫兎(HIMEUSAGI)が、9月上旬から同BAR店頭にて提供されています。
2022年にリリースされたPB第一弾、発刻、祥瑞同様に、くりりんがブレンダーとして原酒選定と、製品候補となるレシピ作成で協力させていただきました。
公開されていないものも含めると、関わらせていただたウイスキーリリースは20を超え、商品開発という視点での面白さ、難しさ、通常みることが出来ない奥深い世界を経験させてもらっています。
今回のリリース内容については、以下お酒の美術館からのプレスリリースに詳しく記載されていますが、本ブログではブレンダーとしての当方の視点から記事をまとめていきます。
公式プレスリリース:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000016.000041825.html
お酒の美術館:https://osakeno-museum.com/

今回のコラボは、昨今評価が高まっている瀬戸内のブナハーブン※こと江井ヶ嶋蒸溜所とのコラボレーションで実現。(※瀬戸内のブナハーブンは自分が勝手に言ってるだけです。公式名称ではありません。)
シングルモルトジャパニーズウイスキー琥月は、2018年に蒸留され、5年間オロロソシェリー樽で熟成された10PPM未満の原酒を、シングルカスク、カスクストレングスでボトリングしたもの。
ブレンデッドウイスキー姫兎は、琥月をキーモルトとして、江井ヶ嶋蒸溜所が保有するスコッチモルトウイスキー、グレーンウイスキーをブレンドしたもの。モルトとグレーンの比率は5:5で、50%に加水してリリースされています。
琥月からは江井ヶ嶋蒸溜所のハウススタイルであるシェリー樽のフレーバーと昨今の酒質向上を感じることができ、姫兎は輸入原酒とのブレンドによってキーモルトの個性を感じつつもソフトで飲みやすい味わいに仕上がっています。
また、どちらのウイスキーからもシェリー樽のフレーバー以外に“にがり”のような潮のニュアンスが微かに感じられ、これもまた同蒸溜所の個性の一つ。
飲み方としては、琥月はハーフロックで、姫兎はハイボールがおすすめです。涼しくなってきたとはいえ、まだ1杯目はシュワシュワが恋しい。1杯目は姫兎か祥瑞をハイボール、2杯目は琥月か発刻をロックで、PBコースなんていかがでしょう。

■リリース経緯など
お酒の美術館から、次のPBについて相談があったのは確か2022年年末のこと。
同年4月にリリースしたPB第一弾が好評で、特に祥瑞のほうはもう在庫がなく、ハイボールですっきりと飲めるウイスキーを新たに作れないか。
提案内容はざっくりとこんな感じで、どこか対応してくれる蒸留所は無いかと、日頃やり取りさせて頂いている複数社に相談・・・、結果、T&TのラストピースやKFWSさんのPB等で繋がりがあった、江井ヶ嶋酒造と話を進めることとなりました。
ご存じの通り、江井ヶ嶋酒造は1919年からウイスキーの製造を開始した国内でも屈指の歴史を持つウイスキーメーカーです。立地は兵庫県瀬戸内海沿岸沿いと、ストーリー性もある環境。1984年に整備された蒸留棟は、導線の確保された設備一式を有しています。
ただ、その造りは安定しておらず、長らくメーカーとしてもウイスキーは優先順位が低い状況にありました。それが大きく変わったのが2016年以降、設備の改修やスタッフの意識改革等が効果を発揮し、特に2018年以降の原酒はこれまでとは異なる高い品質のものとなっています。



本リリースに限らず、自分がブレンダーとして関わらせてもらう以上、愛好家視点で蒸留所の個性とユーザーから求められている味わいをリンクさせたウイスキーを提案することを目指しています。
お酒の美術館は全国で約70店舗を展開する、もはや全国規模のBARチェーン店です。ここでウイスキーが情報発信と合わせて提供されれば、蒸留所の魅力、造り手の努力が知られる一助となるのではないか。そんな想いをもって、企画に関わらせて貰いました。
ただ当初はブレンドだけの予定で、その前提で前捌きをして江井ヶ嶋蒸溜所から候補となる原酒を出して頂いたのですが・・・。
カスクサンプルをテイスティングしたお酒の美術館の社長:富士元氏から、このクオリティならシングルモルトも希望したいとリクエストがあり。だったら、シングルモルトのカスク選定を進めつつ、ブレンデッドのほうはシングルモルトでリリースする原酒の一部をキーモルトとすることでどうかと提案(これが後々自分の首を絞めることに…)。
製造側には手間のかかる提案ですが、江井ヶ嶋蒸溜所の平石社長、中村工場長、両名から快諾頂き、シングルモルト琥月、ブレンデッド姫兎としてリリースの方向性が決まりました。


■シングルモルトジャパニーズウイスキー 琥月 62%
シングルモルトは個性の酒。江井ヶ嶋蒸溜所のハウススタイルの一つは、全熟成樽の約7割を締めるというシェリー樽由来のフレーバーです。
バーボン樽も魅力的ですが、ここは瀬戸内のブナハーブンたる江井ヶ嶋の個性をアピールする方向で、オロロソシェリー、ペドロヒメネスシェリー(PX)、クリームシェリーの3種類の樽から、候補となる原酒を複数出して頂きました。
クリームは妙にスパイシーな癖があり、今回のリリースの方向性には合わないと除外。悩んだのは親しみやすいが癖も少ない樽感のオロロソシェリー樽の1つか、濃厚だがビターでウッディなPX樽の1つか。
今回は選んだ原酒をキーモルトとしてブレンドも作成するため、ここでミスチョイスすると取り返しがつきません。ここにきて、あ、これ結構難しいアイディアを出してしまったぞと、自分が置かれた状況を認識するに至ります…。

悩んだ結果、シングルモルトとしては甲乙付けがたいため、ブレンドレシピとしてどちらが希望に沿ったレシピを作れるかで決めようと一旦保留。ブレンドの作業量が2倍になってしまいましたが、決められないのだから仕方ありません。
オロロソベースとPXベースとで、それぞれ候補となるレシピを複数造り、原酒群の中で最もバランスが良かったオロロソシェリー樽原酒の1つ(Cask No,101808)でリリースを進めることとなりました。
5年と若い熟成期間ですが、酒質が向上した2018年の仕込みだけあってベース部分の味わいは親しみやすく、特に加水すると非常に柔らかく飲みやすい味わいへと変化することから、素性の良さも感じられます。
ややビターなウッディネス、麦チョコや黒糖麩菓子のような甘さ、かすかにドライフルーツやピートのアクセント。
おすすめはハーフロックですが、お酒の美術館らしい楽しみ方として、ストレートにオールドブレンデッドを少量加えた飲み方を、裏メニューとして提案します。
正式なメニューではありませんが、お店で飲まれる方はぜひ裏メニューとして注文してみてください。(自分のおすすめは1980年代流通のジョニ黒です。)

■ブレンデッドウイスキー 姫兎 50%
先に触れたように、琥月をキーモルトとし、江井ヶ嶋蒸溜所のモルトウイスキーに輸入モルトウイスキー、輸入グレーンウイスキーを加えたワールドブレンデッドウイスキーです。
モルトとグレーン比率は5:5。企画立案当初、お酒の美術館側からコンセプトとして提案された通り「ハイボールですっきりと飲めるウイスキー」をテーマにブレンドしています。
メレンゲや綿菓子を思わせる甘いアロマ、干し草、グレープフルーツやハーブ、青りんごを思わせる果実のアクセントに、微かにビターで潮気や樽由来の要素が混じる味わい。
琥月の原酒を一部使用しているためシェリー樽由来のフレーバーが感じられるだけでなく、江井ヶ嶋蒸溜所のもう一つの個性であるにがりのような潮のニュアンスがポイントです。
このニュアンスは、明石海峡が眼前に広がる熟成環境や、敷地内の深井戸からくみ上げられる仕込み水の関係からか、江井ヶ嶋蒸溜所のウイスキーに感じることが多い特徴で、今回は琥月より姫兎の方がこの特徴を捉えやすい印象があります。
ブレンドと加水で樽由来の要素が落ち着いた結果、個性を感じやすくなったのでしょうか。また、全体を通して感じられる麦芽風味は、輸入ハイランドモルトを江井ヶ嶋蒸溜所でリフィル樽に入れて追加熟成した原酒に由来するフレーバー。ノンピートタイプで麦芽風味が豊か、これだけでも通用するレベルの原酒で、正直これを別リリースとして出したいとも感じたほどでした。

ただし、個性の強いシェリー系短熟ジャパニーズモルトである琥月に、モルティーなハイランドタイプの原酒を主体に構成するとなると、全体的にリッチな味わいとなって「すっきり飲めるウイスキー」に仕上げるのは難しくなります。
例えるなら、シェリー樽の原酒が”ざる用の濃さの麵つゆ”で、ハイランドモルトが小麦の風味豊かなうどんです。これがどんぶりいっぱい、ぶっかけうどんの量で出てきたら・・・すっきりとは食べれません。
じゃあ水で薄めれば・・・味がペラペラになってバランスが悪くなってしまう。つまり味を調えつつも奥深さは消さない、ダシのような存在が必要になります。
そこで使用したグレーンが、非常にプレーンでさっぱりとしたタイプ。樽やモルトの強い個性を引き算し、均一化するような感じで整えて、全体をうまくまとめてくれました。
心情的にはモルト、グレーン比率を6:4、あるいは7:3あたりのクラシックなタイプにしたかったのですが、モルトの個性が強くなりすぎてしまう。スコッチウイスキー縁の下の力持ちと言えるグレーンの重要性を改めて感じましたね。
試行錯誤の多かった作品ですが、何とかテーマの通りまとめられたと思います。ぜひハイボールで楽しんでいただけたらと思います。

■お酒の美術館PBについて
お酒の美術館PBは源氏物語絵巻をラベルに用いた、シリーズ構成のウイスキーです。
2022年にリリースされた発刻、祥瑞は長濱蒸溜所の協力でリリースされたもの。
「発刻」は長濱蒸溜所の濃厚なシェリー樽原酒とピーティーな原酒を合わせ、輸入モルト、長期熟成グレーンでバランスを取りつつ加水なしでボトリングした、パワフルでスモーキーな愛好家向けのブレンデッド。
「祥瑞」は若い輸入原酒に発刻と同様の長期熟成グレーン、そして同じ濃厚なシェリー樽原酒をブレンドし、加水して47%でリリースした、華やかでフルーティーな万人向けのブレンデッドです。
今回はここに新たに「琥月」、「姫兎」の2種類が加わったわけですが、今後も国内クラフトメーカーとタイアップしたリリースが計画されています。
これらのリリースに関して、私は監修・協力の立場にありますが、報酬や給与、監修料等の金銭は一切受け取っておりません。(同チェーン店で飲んでいると、1本売れたら何%懐に入るんですか?という質問を受けることがありますがw)
あくまでお酒の美術館の常連として、一人のウイスキー愛好家として、趣味として協力させてもらっています。具体的には、蒸留所との繋ぎ、原酒選定、ブレンドレシピの提案までで、そこから具体的な契約や価格設定、店頭での提供はお店側の領域、私は関わっていません。
逆に、お酒の美術館側からもコンセプト以外は蒸留所とのやりとりなど、お任せ頂いてる状況。だからこそ、手間をかけて納得のいくブレンドを作れるという強みがあります。

BAR お酒の美術館のラインナップは、元々ベースとなっていたのが中古酒販として買い取ったウイスキーでしたが、昨今はそのコンセプトに加えて手軽に洋酒全般を楽しめるBARチェーンとして、領域をオールドから現行品へも広げつつあります。
従来のBARが階段を上った先や微妙に目立たない路地の裏など、隠れ家的なコンセプトであるのが多いところ。もちろんそれは魅力であるのですが、同店は逆に路面店、コンビニとのタイアップ、駅構内、空港の保安検査後のスペースといった、人が多く集まる場所に出店しています。ウイスキーの魅力はまず飲んで、知ってもらわないことには伝わりませんから、このPBを通じて広く日本のウイスキーの魅力が広まったら。。。と、それが冒頭にも書いた私の想いに繋がります。
改めて、今回もまたこうした貴重な機会を頂けたことを、この場を借りて御礼申し上げます。
クラフトの成長を心強く感じると共に、ブレンドの奥深さに悩み、そして楽しむ。なんと贅沢な経験でしょうか。
今回のリリースは先月からお酒の美術館全店で提供されています。機会がありましたら是非飲んでいただければ幸いです。
