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2023年07月

カリラ 14年 2008-2022 バーボンバレル for Wu Dram Clan 52.4%

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CAOL ILA 
Wu Dram Clan 
Aged 14 years 
Distilled 2008/03 
Bottled 2022/03 
Cask type Bourbon Barrel #304738 
700ml 52.4% 

評価:★★★★★★(6)

トップノートはややドライ、バーボン樽由来のオーキーな黄色系果実、合わせてスモーキーで、焦げ感を伴うピート香。ヨードや塩気を伴い、シャープで力強い。
味わいも同様で、アイラ要素を強く感じさせる構成。熟成を経たことによる樽由来のフルーティーさに対して、ピートフレーバーや麦芽風味など、全体的に多少粗さが残っており、それが風強く波立つ海を連想させ、海の要素を際立てている。
余韻はウッディな華やかさもややエッジが立って、スパイシーでほろ苦いフィニッシュ。

クリアでスモーキーで、ほのかな甘さと共にシャープで適度な粗さがある。オフィシャル路線から外れておらず、むしろシングルカスクとしてのバーボン樽の個性と、カリラらしさのしっかりある、ボトラーズリリースらしい1本、
飲み頃という意味では、最初のピーク。まだまだ熟成の余地も残されているが、これ以上熟成し、20年、30年となると、1990年代以降のカリラは樽感が強くなり異なるキャラクターとなるため、個性も楽しめる美味しさとしては10~15年程度が適齢なのかもしれない。

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80年代、90年代、2000年代、傾向の違いはあれど、いつの世代の原酒も流通があり、大外ししたリリースも少なく大概は美味い、まさに安定のカリラ。
ラフロイグ、ボウモア、アードベッグ、ラガヴーリンと、オフィシャルからの原酒提供が止まってボトラーズリリースがほとんどなくなり。時期によっては流通がなく、あってもシークレットアイラ名義という昨今の市場において、変わらない存在感は行きつけの店で頼む「いつもの」のような安心感すらあります。

というか最近のアイラモルトの市場、新規発売された10年以上熟成の蒸留所名表記のボトラーズリリースって、本当にカリラくらいしかないんですよね。
最近だと、30年オーバーの熟成がCoDカリラの32年や、 BARカスクストレングスの20周年記念ボトルでリリースされているところ。ただ、この2種は味わいというより価格的になかなか手が出ないボトル。一方で、10年熟成程度なら現実的だし、面白いモノもいくつかあります。

例えば、以下のワットウイスキーのカリラは、熟成を経て角がとれた酒質からアイラ要素をメインに楽しめるボトルですし、その逆としてフルーティーさが欲しい場合は、今回のボトルを筆頭に、バーボンバレル熟成のものを狙ってみると良いと思います。

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カリラ 32年 1990-2022 51.5% for Wu DRAM Clan
今年WDCがリリースした、MHDオフィシャル扱いのカリラ・シングルカスク。このオフィシャル相当のボトルが国内に流通するということだけでも十分凄いが…現在の市場のオフィシャル30年オーバーというだけあって、勿論価格も凄い。

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カリラ 11年 ワットウイスキー 2011−2022 ホグスヘッド 58.4% 

わかりやすいフルーティーさではなく、樽感は淡く、その分ヨードとピートからなる”アイラらしさ“を味わえる点がポイント。ハイボール向き。
いやいや、そんなことしなくても、カリラはオフィシャル12年が充分美味しいじゃないか。という意見も聞こえてきそうですが、ことピートに関しては加水じゃダメなんです。確かにバランスや飲みやすさとしては、オフィシャル現行のカリラや、その他アイラモルトも悪く無いクオリティがありますし、個人的にも普段はそれで十分です。
カリラ以外だと、キルホーマンのマキヤーベイの最新ロットとか飲んでみてください。凄いレベル上がってます。

ですが、加水やフィルタリング、あるいは複数樽バッティングでエッジの丸まったピートや麦感じゃなくて、カスクストレングスでバチっと効いたボトルが飲みたくなる時もあるのです。
そんなシングルカスク/カスクストレングスリリースにいつまでも居てくれるカリラの偉大さに感謝しつつ、今日の記事の結びとします。
ほんと、このまま安定してリリースされ続けて欲しいものです。

アイルオブラッセイ ライトリーピーテッド Batch R-01.1 46.4%

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ISLE OF RAASAY 
LIGHT PEATED 
Batch R-01.1 
700ml 46.4% 

評価:★★★★★★(6)

香り:酸のある柔らかい麦芽香とスモーキーさ、燃え尽きた後の焚き火、淡い柑橘香がベース。その上に樽由来のアロマが複数あり、フレンチオークのバニラ香やオークフレーバーに、ワインオークを思わせる酸が混じる。

味:柔らかいコクのある口当たり。潮汁のようなダシっぽさとほろ苦いピート、麦芽風味に角の取れたミネラルを感じる。
余韻は穏やかなスパイスの刺激とビターなピート、序盤の柔らかさに反して強めのタンニンが口内を引き締める。

ライウイスキーカスク、チンカピンオークカスク、ワインカスク。3種類のカスクで熟成された6種類の原酒の組み合わせ。樽の使い方は賛否あるかもしれないが、このスタンダードリリースはそこまで煩く主張しない。一方で、この蒸留所で注目すべきは酒質。麦の厚みとピート、樽香の奥にある地味深さ。出汁っぽさと角の取れたミネラルは、仕込み水に由来していると思われ、それが厚みと地味深さに通じている。
ちょっと田舎っぽい感じが地酒っぽさ、現行品ならスプリングバンクにも共通するようなイメージ。 ハイボールは樽感が軽減され、酒質は伸びて、穏やかにスモーキー。

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アイルオブラッセイは、スコットランド、タリスカーで知られるスカイ島に隣接する、ヘプリディーズ諸島の一つ、ラッセイ島に2014年に設立された新興蒸留所です。
ただし 2014年は蒸留開始ではなく、会社の立ち上げであり、着工は2016年、蒸留の開始は2017年9月、樽詰めが行われたのはその翌月、2017年10月からというスケジュール感となっています。

今回のボトルは、そのラッセイ蒸留所のコアレンジとして初めてリリースされたR-01(Release-01)の2ndバッチ。2021年に初めてリリースされたR-01シングルモルトも麦芽風味と独特の複雑さがあって良かったですが、2ndも中々です。
今回のリリースを含むスタンダード品の原酒としては、4年熟成前後のものが構成原酒となっていますが、ラッセイ蒸留所の魅力は、若くても高品質な原酒を作り出すという3種6パターンの原酒作り。
そして発酵から加水まで、すべての行程に使用される、敷地内で組み上げられるミネラル分豊富な伏流水にあると感じています。

まずは使い方では良くも悪くもなる、樽使いから紹介していきます。
ラッセイ蒸留所の原酒はノンピートとピーテッドがあり、これをブレンドすることで、今回のテイスティングアイテムにある適度なピートフレーバーを持ったライトリーピーテッドウイスキーが出来上がります。
この2種の原酒の熟成に使われる樽は、ボルドー赤ワインカスク、ライカスク、そしてチンカピンオークカスク、それぞれ3種類であり、故に3種6パターンの原酒を使い分けると言うことになります。
そしてここで使われる樽にこだわりがあり、若くしてもそれなりな味わいに仕上がるのは、樽由来の要素も大きいのではないかと感じています。

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何がどう違うのか。赤ワイン樽は、ウイスキーでよくある名もなきバーガンディカスクではなく、ワインを知らない人でも知っている程の超有名ワイナリーを含む、3社の樽が使われています。 ライカスクはアメリカのウッドウォードリザーブ蒸留所から。そして、日本でいうミズナラと同種とされる、北米産のチンカピンオーク。

過去のイベントで個別の原酒をテイスティングしたこともありますが、ワインはまだ若くこれからと言う印象があったものの、ライのピートは適度なオーク香とスモーキーさ、チンカピンオークはウッディだが複雑な香味があり、限定のシングルカスクなど、リリースによっては若さが目立ち、樽感がうるさいものもしばしばありますが…。
スタンダード品はそれぞれを適度に組み合わせることで、香味に複雑さを与えています。樽の質の良さが原酒の魅力を引き上げ、中でも今回のような複数樽バッティングの加水品からは、充分味わい深いウイスキーがリリースされているのです。

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そして注目すべきポイントがもう一つ。それは仕込み水です。
昨今、味わい深いオールドボトルに対して、現行品は味が軽い、という話はよく聞きます。その要因としては、麦芽品種の違い、製法の違い、樽の違いなどが考えられるわけですが。もう一つ、仕込み水も確実に変わっていると思われます。
例えばアイラ島などは、上下水道の整備が明らかに進んでいませんでした。結果、蛇口をひねれば地層を通った茶色い水が出る、なんて話も普通にあるわけですが、その水で仕込み、加水したモルトと、今の技術でフィルタリングした浄水で仕込んだモルトは、同じものになるでしょうか。
間違いなく仕上がりは異なるとともに、前者のほうが香味が複雑になることは容易に想像できます。

ラッセイ蒸留所では、上述の通り、敷地内で汲み上げられた、伏流水をウイスキーの発酵から蒸留、加水まで、製造行程ほぼ全てで使用しています。
ボトルデザインに、化石を含む地層が採用されているのは、まさにこの仕込み水を意識してのこと。だからでしょうか。アイルオブラッセイ R-01.1は、他の現行品のモルトにはない地味深さ、味わい深さがあり、それを複数の樽感でさらに複雑な仕上がりとしている。
実は樽や製造技術だけでもなく、今となっては特別な仕込み水が、縁の下の力持ちとなっているのではないかと感じます。

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※アイルオブラッセイ R-01.1を飲んでいてイメージしたグレンイラ5年。1980年代にカリラ蒸留所を所有していたバロックレイド社リリースのバッテッドモルトであり、カリラを軸にブレンドされている。今回のリリースを飲んだ時に真っ先に思い浮かんだボトル。内陸っぽさと島っぽさ、若いが地味深い味わいに共通点を感じる。

なおこの蒸留所、蒸留設備だけでなく、レストラン、そして宿泊施設が整備されており、公式サイトでも美しい設備を見ることが出来ますが、実はつい先日まで日本側の代理店となっている株式会社都光が訪問されていて、その関係者筆頭の伊藤氏(@likaman_ito)が現地の写真をSNS で公開されています。
まったく、羨ましい限りです。けしからんし羨ましいので、マジで1回連れて行ってください、社長(笑)!!

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グレンロセス 36年 1986-2022 Wu Dram Clan 45.6% #2125

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GLENROTHES 
Wu Dram Clan 
Aged 36 years 
Distilled 1986/03 
Bottled 2022/11 
Cas type Bourbon Hogshead #2125 
700ml 45.6% 

評価:★★★★★★★(7)

トップノートははっきりとした華やかさ、アップルタルトや熟した黄桃から、ナッツ、かすかに干し草を思わせる枯れたウッディネスへと移る。
口当たりは軽やかだが、徐々にねっとりとした黄色系の果実、濃縮したオークフレーバーが麦芽風味の残滓を伴って広がる。余韻は華やか、黄色系果実を思わせる甘酸っぱさ、かすかに古典的内陸モルトを思わせる麦芽風味を伴い、染みこむように長く続く。

アメリカンホワイトオーク・ホグスヘッド樽で熟成した、長熟グレンロセスの真骨頂とも言える溢れんばかりの華やかさ、フルーティーさ、そして枯れたようなニュアンスが特徴の1本。度数は45%台まで落ちているが、枯れ感が強くならず、華やかさとフルーティーさを強調したような味わいは、この時代の酒質が麦芽風味が厚かったことと、樽から良い形で影響を受けた結果だろう。
香味の傾向としては、ボトラーズのブランドは違うが、Old&Rareのプラチナシリーズあたりに有りそうなクオリティ。選定者のこだわりを感じる1本である。

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1980〜90年代蒸留で、30年オーバーの熟成。という当たり前の事実を、年齢的な理由から認めたくない昨今。
そんなオッサンちっくな、時間の流れに取り残された心情だけなら良いのですが、もう一つ認めたくないのがボトラーズの原酒事情。
80年代は多くの蒸留所が閉鎖したように、スコッチ業界全体で生産量を調整していた時期にあたり、そこに現在の世界的なウイスキー需要増がダブルパンチとなって、原酒自体の入手が困難で価格も青天井状態…と、難儀な状況となっています。

しかし言うても冬の時代、谷間の世代の80年代。だったらオールドを買えば良いのではないか、という意見もあります。
確かに、1980年代のスコッチモルトは、黄金時代とされた60年代、71、72、76と当たり銘柄で話題になる70年代からすれば、閉鎖蒸留年以外であまり話題にならない世代です。(あるのはクライヌリッシュの82くらい。アイラはボウモア以外安定していますが…。)

個人的な感覚で言えば、80年代の内陸モルトは生産調整があったからか、出回った樽や麦芽品種の問題か、何か一つ原因というわけではないのでしょうが、麦感は出ているのですが果実味や華やかさ等に乏しく、特徴に欠ける原酒が多い、あまり勢いのない世代という印象でした。
また、グレンロセスに限れば、オフィシャルから蒸留年毎のリリースがあったこともあり、80年代のビンテージで10〜20年熟成品が珍しくありません。
味も当時は70年代に比べたら平凡だった結果、86年ビンテージなんて・・・といったら失礼ですが、少なくともブーム前からウイスキーを飲んでいたコアな愛好家にとっては、オールド買えばという意見も理解できてしまいます。

ですが今回のグレンロセスに限らず、80年代蒸留の30年熟成オーバーがここ数年ちらほら出て来ており、飲んでみると結構良いじゃん、みんな好きな味になってるじゃんと、あまり刺さらなかった10年前と比較して、その仕上がりの良さに驚かされます。
やはり長期熟成は偉大…というか、下地の酒質、麦芽風味があってこその熟成ですね。
今回のロセスも、ともすれば線が細く枯れ感が強くなりがちなところ、麦芽風味が残っていることで強い樽由来の要素を支え、勢いがなかったことが逆に染み込むような余韻に繋がった、この世代だからこその味わい。力強さはないがしみじみ美味い。

人間で言えば、トレンドを押さえた都会的なファッションに身を包んでいるが、中身は落ち着きのあるカッコ良いミドルエイジ。。。
同じ世代の生まれなだけに、思い入れもある80年代モルト。こんなところでダラダラ続いちゃいそうですが、書き出しはおじさん構文で始まったレビューですから、締めも同様に。
ではまた次のレビューで。

三郎丸蒸留所 The Ultimate Peat Glass オリジナルハンドメイドグラス

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さる6月23日、三郎丸蒸留所からハンドメイドのオリジナルグラス「The Ultimate Peat Glass」が発売されました。
オンライン販売分は即日完売しましたが、今後も増産、継続販売が予定されていること。
何より私自身が本グラスの設計・企画に関わらせてもらっていることもあり、開発の流れやグラスの特性、使い心地など、私個人の視点での情報も含めて当ブログで紹介させて頂きます。

商品名:The Ultimate Peat Glass
価格:15,000円(消費税込16,500円)
製作:木本硝子株式会社
付属品:グラスケース、グラスクロス
公式サイト:ニュースリリース
関連情報:木本氏、稲垣氏のクロストーク

※グラスの特徴
・ピート香を開きつつ、適度に樽や酒質由来の香りを馴染ませる。蒸留所の個性を感じやすい。
・リムの返しとエッジの処理から、口当たりはスムーズで柔らかく、ウイスキーを味わいやすい。
・全体的に滑らかで一体感のある、まさにハンドメイドというデザイン。

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The Ultimate Peat Glassは、三郎丸蒸留所のコンセプト(ピートを極める)をより確かに感じてもらうことをテーマに開発された、ウイスキー用のテイスティンググラスです。
グラスが変わると香味も変わるウイスキーにおいて、蒸留所マネージャーからの提案であり、お墨付き。
言い換えるとピーティーなウイスキーを最高に楽しめるグラスという位置付けで、個人的には三郎丸に限らずスモーキーさと樽由来のフレーバーが一定以上にあるウイスキーに対して、相性が良いグラスに仕上がっていると感じています。

◾️The Ultimate Peat Glass製作の流れ
同蒸留所マネージャーの稲垣さんは、ベルギービールのように、飲み方の提案としてウイスキーも蒸留所毎にオリジナルグラスがあると良いのではないかという考えがあり。
一方で、私自身はかねてから、ウイスキーを楽しむ上では、ワインのようにその種類、銘柄毎に適したグラスが必要ではないかと考えていたところ。
昨年から稲垣さん、モルトヤマの下野さん、そして私で硝子会社を複数訪問してそれぞれ話を伺い。その中で稲垣さんの紹介から木本社長の熱意に触れ、パートナーとしてグラス作りを行なって頂くことになります。

※関連する話は上述のクロストークでも語られていますので参照してみてください。

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とは言え、オリジナルグラス作りは、そう簡単に進む話ではありません。
数ミリ単位の形状の違いであっても、香味に大きな影響を与えるということ。
また、グラスは手吹きのハンドメイド、機械作りのマシンメイドがありますが、どちらもグラスの形状を決めるための金型が必要で、まずはデザインの方向性を定め、その金型を設計しなければ試作も出来ないということ。
そう、職人がゼロからぷーっと膨らませてイメージに合う形を試作してくれるわけではないのです。

この金型、決して安くなく、何パターンも作るとそれだけ販売価格に影響します。
最初の段階で可能な限り確度の高いデザイン案を作る必要があるわけですが、ご存知のようにグラスの形状は様々です。
そのため、まずは既製品のグラスを使ってウイスキーとの相性を確認すべく。木本硝子さんに我が家からウイスキーグラスやワイングラス、持ってるグラスを大量に持ち込み、コンセプトに近いデザインを絞り込みました。

この時の様子は、上述のクロストークでも語られています。木本社長としても、ここまでやる顧客は初めてだったようです(笑)。※上の写真は、ある程度絞り込んだ後のものになります。
某有名メーカーの大ぶりなグラスだけでなく、よく知られている形状のテイスティンググラスも、目指す香味の方向性ではないと稲垣さんの一刀両断でバシバシ除外。開かせすぎたり、全く開いていなかったり…、木本さんだけでなくT&Tの二人も「え、そんなに持ってきたの?」と驚いていましたが、むしろ持ってきていて良かったと、この時ばかりは安堵しました。

そうこうして行く中で、残ったグラスの形状とサイズから、徐々に目指す方向性が見えてきます。
完全にストレート形状ではなく、多少の膨らみがあり、リムは味わい易さのために少し返しをつける…。
このイメージを形にしていくのがグラスメーカー、木本社長の仕事です。
なお、金型が決まったらあとはデザインを調整できないかというとそんなことはなく。そこから少し金型を削るなど、微調整を加えて行くことは可能です。
試作品が完成後は、稲垣さんが直接木本社長とやりとりされ、当初の予定では4月のはずが2ヶ月遅れの6月下旬、ついに発売となりました。

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※開発当初予定になかった、付属の専用グラスクロス。美味しいお酒は美しいグラスで飲んで欲しい、造り手への敬意として急遽追加した。

形状検討の際にもう一つ考える必要があったのが、“ウイスキーを楽しむ”ことにおける、美味しさとテイスティング性能のバランスです。
例えばウイスキーを深掘りする、テイスティング目的なら、良いも悪いも含めて可能な限り香味要素をはっきり拾える形状のグラスが望ましいと言えます。ですが、それが美味しいか、楽しいかというと、悪い部分も強く拾うグラスが一般に好まれるとは言えません。

今回のThe Ultimate Peat Glassは、テイスティング性能は担保しつつも、広げる香味は良いもの、美味しさ寄りであるべきというのが稲垣さんの考えで、そのための工夫が設計に反映されていきます。
一方、ここでテイスティング性能寄りのグラスも作れないかと、下野さんがここまでの情報から新しい提案をするに至るのですが…。
詳細は、正式な発表があったら、改めて本ブログでも公開していこうと思います。

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※グラスの奥深い世界に、今までの価値観が崩壊して、思わず目を覆う下野さん。

◾️ The Ultimate Peat Glassの性能検証
そうして完成したThe Ultimate Peat Glassですが、性能、使い勝手について、本記事では一般にテイスティンググラスとして使われていることが多いグレンケアンと、国際企画ワインテイスティンググラス、この2脚と比較しながら解説していきます。

まず重量ですが、
・グレンケアン テイスティンググラス (約130g)
・国際規格ワインテイスティンググラス (約120g)
・三郎丸 The Ultimate Peat Glass (約90g)

持った感じは、重心が真ん中寄り上部にあるので90gという数字よりも少し重く感じるかもしれませんが、逆にスワリングはしやすいですね。
強度は…食洗機や強い衝撃、あとは捻り洗い等をしなければ、つまり通常のハンドメイドテイスティンググラスと同等程度、特に繊細すぎる設計にはなっていません。

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比較テイスティングに使用するウイスキーは、コンセプトに合わせ、三郎丸Ⅱ シングルモルト 加水とカスクストレングスの2種。それぞれ30ml注いでの比較となります。
三郎丸モルトの強いピートフレーバーと、Zemonによって生み出される厚みと甘みのある酒質、熟成環境に由来する3年としては強めの樽感をどう広げるか。

【香り立ち】
いずれも同系統のアロマを拾えるが、グレンケアンは香りがボヤけたような、水っぽさが混じる。国際規格は逆にシャープでテイスティングはしやすい一方、ピートの強さだけでなくネガティブな要素を拾いやすく、特にカスクストレングス版ではその特性が際立つ。
一方でThe Ultimate Peat Glassは、適度にシャープなピート香に、樽由来の甘さが混じり、水っぽさもなくバランスよく感じられる。カスクストレングス版でも同様で、香りを広げつつもアルコールの刺激は強すぎない程度に抑えられている。

【味わい】
グレンケアン、国際規格はリム形状が特に変わらないこともあり、大きな違いは感じられないが、強いて言えばグレンケアンの方が口当たりは丸みがある。
一方で、The Ultimate Peat Glassはリムの返しとハンドメイドグラス特有のエッジ加工の丁寧さで、ウイスキーがスムーズに口内に導かれるだけでなく、口当たりも柔らかく感じられる。

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どの系統が良いかというのは好みの問題もあり、以下はあくまで主観的な考察ですが。
最も三郎丸モルトの良い部分を拾いやすかったのは、やはりThe Ultimate Peat Glassでした。昨年受け取った試作品の方向性の通りに仕上がっており、コンセプト通りのグラスだと思います。
ただ、最初にウイスキーの各要素をしっかり開かせるため、三郎丸以外の若いウイスキー、雑味要素が強い原酒だと、注いでから開いた要素が馴染むまで少し時間がかかるかもしれません。
その意味では、酒質が、造り手が試されるグラスという面も…。

それでは、それぞれのグラスで違いがでた考察として、まずは香りの違いにフォーカス。要因としてリムの口径、返し、ボウルの広がり具合が考えられます。
まずリムの口径はそれぞれ約43mm、46mm、46mm。実は国際規格とThe Ultimate Peat Glassは口径がほぼ同じなのですが、前者はボウル部分から緩やかに広がってすぼまるように広い空間が作られるのに対して、後者はボウルの広がりが大きく、その空間がリムの返しに向けて国際規格以上にすぼまっています。

国際規格のような形状のグラスは、各要素が良いも悪いもダイレクトに伝わってくる傾向があり、テイスティング向きの形状と言えます。テイスティングに限れば、安くて丈夫で使い勝手の良い、オールラウンダーなテイスティンググラスなんですよね。あともう1回り小さい製品があると、嬉しいんですが…。
一方でThe Ultimate Peat Glassは丸みを帯びた縦長なフォルムですが、口当たりで効果を発揮する“返し”がある分、グラスの中に適度な広さの空間が作られ、樽と酒質の香りの要素が滞留して馴染むこと。またすぼまったところから広がるように鼻腔へ導かれるため、開いた香りがダイレクトではなく、適度に逃がされることでバランス良く感じられるのだと考察します。

なおグレンケアンは、リムの口径は一番狭いのですが、液面から上の空間があまり広がらず、滞留もせず、そのままリム部分へと繋がるため、香りが広がりきらないのではないかと。。。
では容量を20mや15mlにしたらどうか。ハイプルーフのもの、特に長期熟成で奥行きのあるウイスキーはバランスが取れるような気もしますが、比較すると少しぼやけた香りになりがちです。
テイスティングと美味しさ、引き出す要素を中間くらいで見ると、こんな感じなのかもしれません。
まさに入門向けというグラスの一つであり、改めて、ある程度飲み慣れた人はグレンケアンから拘りの1脚にステップアップしても良いのでは、とも思える結果となりました。

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◾️余談&結びに
今回のグラス製作の話が出た時「僕の考えた最強のグラス」の要素が、
・リーデル ソムリエ ブルゴーニュ グランクリュのような薄さと返しのあるリム。
・既に蒸留所で販売されている、三郎丸テイスティンググラスから、大きくかけ離れないデザイン。
・サイズ感は国際規格と同等または一回り小さくした程度。
・木村硝子テイスティンググラスのような、リムから台座まで滑らかなフォルム。
でした。

私の趣味でデザインを決定したわけではありませんが、出来上がったグラスをみてみると、まさに上記の「さいきょうぐらす」の系譜とも言えるデザインとなっており、その意味でも完成品には特別な思い入れがあります。
何より、グラス製作という、通常いち愛好家では関われないことまで関われる機会を頂けたことに感謝しかありません。
お酒におけるグラスの重要性はわかっているつもりでしたが、グラス製作の経験で、さらに知見を深めることが出来たと思います。

最近自分の周囲でオリジナルハンドメイドグラスのリリースが複数あり、造り手のコンセプトを反映した、個性的な形状のグラスが揃ってきました。
ウイスキーのグラスは、比較のために同じグラスを常に使うことは理に適っていますが、1本のウイスキーを理解しようとしたならば、複数のグラスで多角的に個性を見て行くこと。あるいはその個性を最大に活かすグラスを探索することも、ウイスキーの楽しさだと思います。

例えば、ストレートの入門グラスとして知られる「咲グラス」で飲んだ後、The Ultimate Peat Glassで同じウイスキーをテイスティングすると、その違いに驚くと共に、これまで見えなかった個性や、異なる視点でのイメージを掴めるかと思います。
これも嗜好品の“沼”とされる世界の一つ…。
掘り始めたらキリがないですが。せっかくこうした機会と共にグラスも手元にあるので、今後は比較含めてグラスレビューもやっていこうと思います。
あぁ、ウイスキーって楽しい!

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長濱蒸溜所 アマハガン ワールドブレンド 小林さんちのメイドラゴン 47%

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AMAHAGAN
World Blended
The maid dragon of Kobayashi-san
700ml 47%

評価:★★★★★(5−6)

香り:注ぎたては鼻腔を刺激するドライな要素と、アプリコットやパイナップルを思わせる甘酸っぱさ。徐々にほろ苦いウッディネスに、アメリカンオークの華やかさとフレンチオーク系のバニラ香、複層的な樽香と微かなスモーキーさ。なんとも複雑なアロマ。

味:柔らかい口当たりから、グレーンのコクとソフトな甘さがあり、香り同様甘酸っぱさ、ややケミカルなパイン飴のようなフレーバーに乾いた麦芽、オールブラン。奥には白葡萄やナッツなどのフレーバーも。序盤はプレーンな味わいだが、それが複雑さを引き立てる。 余韻は口内をねっとりとした質感がコーティングし、序盤に感じられた甘酸っぱさが、スモーキーさとビターなウッディネス、ワインを思わせるタンニン、スパイシーなフィニッシュへと変わっていく。

AMAHAGAN系統の味わいをベースに、複数の原酒や樽の個性が混ざり合う、複雑なウイスキー。モルト:グレーン比率は6:4あたりか。特にハイランドモルトにワイン樽熟成のウイスキーとピートフレーバーが仕事をしているようだが、その複雑さ故、日によって、グラスによって、とにかく表情が変わるところがあり、なんとも奔放。これがブレンダーのコメントにある原作を意識した作りの結果か。
が、ハイボールにすると主張し合っていた個性が交わり、薄まり、すっきりとしてクリア、軽い酸味と麦芽風味ベースで非常に飲みやすい。

原作同様、序盤は深く考えずに楽しんでいくのが良いのかもしれない。酔った帰り道にドラゴンが居て、メイドになっていた??
冷静に考えてどういうことなん。。。いやこの可愛さなら良いのか。。。頭が。。。考えるな。。。感じるんだ。。。(何か盛られた模様

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ウイスキー界のコラボメーカー、長濱蒸溜所がリリースした、クール教信者作の漫画「小林さんちのメイドラゴン」とのタイアップリリース。原酒は長濱蒸溜所のモルト原酒と輸入ウイスキーのワールドブレンデッド。
先日は空挺ドラゴンズとのコラボリリースがありましたが、空挺ドラゴンズが肉料理に合うウイスキーをコンセプトとしたのに対して、今回のリリースは、原作の情景をイメージしてブレンドがされています。

メイドラゴンについては。。。異種族交流コメディ漫画なので、とりあえず見てくれとしか言えませんが。そのグラスの中身、何か混ぜられてないか?と、原作を知っている人なら若干疑ってしまうラベルに加え、裏ラベルのバーコードが竜形態のトールなのもこだわりを感じるポイント。
原酒の系統としては、ワイン樽原酒がかなりいい仕事というか、全体に厚みやフルーティーさ、そして余韻のビターなフレーバーを与えています。
また、長濱蒸溜所のモルトを熟成したものだけでなく、輸入ウイスキーを追加熟成したものを結構使っていると感じます。ピート原酒も存在は感じられつつフレーバーに幅が出る程度の塩梅で、万人向けながら複雑さを考察する楽しみもある1本です。

飲み方としては、テイスティングに記載した通りハイボールがオススメ。
深く考えると、え、それは良いのか見たいなツッコミどころや、色々深い設定がある原作ですが、そこまで考えなくても緩く、楽しく、可愛さも感じられるのがこのメイドラゴンが人気作となっている要因の一つだと思います。その意味でも、まずは軽く深く考えないでハイボールでグイっといってみるのがいいなと。




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さて、ここからちょっとマニアックな話。
今回のウイスキーですが、発売元であるBar レモンハートさんからテイスティングコメントの依頼を頂いており、去年の12月末の時点、ブレンドサンプルを頂いておりました。その時点のコメントは、販売ページや同社からのニュースリリース等で確認することが出来ますが、2つのコメントを比較すると、同じ要素はありつつも、異なるキャラクターを感じ取っていることが伝わるかと思います。

同じウイスキーをテイスティングしたとしても、コメントが完全に一致することはないのですが、よほど体調や環境の違い、年単位で時間が経過しない限り、味の方向性が大きくブレることはありません。
例えば、バーボン樽のウイスキーならばバーボン樽由来のオークフレーバーが、シェリー樽なら…という具合で、無から有は生まれないので、必ず同じ要素を拾うはずです。

ではなぜ違うのか、くりりんのテイスティングがガバガバだから…ではなく。
半年前のブレンドサンプル時点では、使用する原酒は樽から払い出されておらず、その時点の原酒でレシピが作成されていること。そしてレシピ決定からボトリングまでの約半年間、原酒が追加の熟成を経ているためです。
そうなんです、上記テイスティング時点から、原酒が成長し、変化しているのです。

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(長濱蒸溜所 AZAI FACTORYこと旧七尾小学校で樽詰めを待つワイン樽の数々。)

サンプル時点では繋ぎになる原酒の熟成が弱く、スコッチグレーンか、あるいはグレーン多めのスコッチブレンデッドバルクの線の細さが、樽感やピートなど、各原酒の個性を支え切れていなかった印象を受けます。最終的には落ち着いて、AMAHAGAN系統の味わいが強く出てくるのですが、注ぎたてはそのちぐはぐさが強く出て、なんだか危ういなと、そんな第一印象でした。

このグラス内の変化が、これはこれでメイドラゴン原作のストーリー展開にマッチしているなと思えたわけですが。
一方で、製品版では約半年の追熟で樽感が増し、原酒の個性も強まっただけでなく、全体的に角が取れて繋がりも出ています。ピートフレーバー、ワイン樽原酒由来と思われるフルーティーさとビターなウッディネス、グレーンの甘さ、南ハイランドモルトの個性的なフルーティーさと麦芽風味、これらがまとまっていないようでまとまっている。原作を思わせるはちゃめちゃさ、にぎやかさがある、不思議なバランスのウイスキーへと成長していました。

どちらが好みかという話ではありませんが、ウイスキーの面白さ、ブレンダーの難しさを改めて感じたリリースとなりました。
いやその変化を感じられるのはコメント協力した人だけだろと言われたら、そこは記事から感じ取ってとしか言えないのですが(笑)。
コラボリリースだと、どうしても色眼鏡的に見られがちかと思いますが、長濱蒸溜所のコラボは規模の小さな蒸溜所とは思えないほどレシピに様々なパターンがあって本格的。ちゃんとストーリーがあって、ただラベルを貼っただけのコラボに終わらない点がポイントなのです。

最後に、これはレモンハートの古谷さんへの私信となりますが。この度は、貴重なサンプルウイスキーのテイスティングをさせて頂き、また、コメント協力という表舞台に立つ機会も頂き、誠にありがとうございました。次のリリースも楽しみにしております。

FullSizeRender
メイドラゴンウイスキーのハイボールを、尾っぽの豚肉のチャーシューと。悪くない組み合わせです。ラベルデザインは、トールの背後が何パターンかあったらさらに面白かったですね。魅力的なキャラが多い原作なので。後、酒の席でシラフな小林さんなんて小林さんじゃない(笑)。

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