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2022年07月

シーバスリーガル 12年 1950年代流通 43%

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CHIVAS REGAL 
BLENDED SCOTCH WHISKY 
AGED 12 YEARS 
1950’s 
750ml 43% 

評価:★★★★★★★(7)

香り:土っぽさを伴う古典的な麦芽香と、角の取れたピートスモークと共に穏やかに香る。奥には焼き洋菓子や熟した洋梨を思わせる甘みがあり、じわじわと存在を主張する。

味:まろやかで膨らみのある口当たり。ほろ苦さを伴う麦芽風味、内陸のピート、香り同様の果実感や蜜を思わせる甘み。余韻は穏やかなスモーキーさとナッツやパイ生地のような香ばしさがほのかにあり、染み込むように消えていく。

全体的に素朴で、近年のウイスキーにあるようなキラキラと華やかな要素はないが、熟成した原酒本来の甘みとコク、オールドボトルのモルトに共通する古典的な麦感、土っぽさ、そこから連想される田舎っぽさに魅力がある。構成原酒はおそらくそこまで多くなく、樽感も多彩とは言えないが、純粋に当時のモルト原酒の質の良さだけで愛好家の琴線に訴えかけてくる。
複雑さや熟成感、華やかさを好むなら、それこそ現行品のアルティスや25年が良いだろうが、個人的には素材の良さが光る味わいも捨てがたい。

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オールドブレンデッドにおいて、地雷率No,1と言っても過言ではないのがシーバスリーガル12年。
その原因が、キャップの裏側の材質にあるのは周知のことと思います。では、そのキャップがコルクだったらどうでしょうか?
実はシーバスリーガル12年は、発売初期の1939年から1950年代までコルクキャップが採用されており、例のキャップが採用される1960年代以降のロットよりも地雷率が低い(コルク臭の危険はあるため、ゼロではない)という特徴があります。

だったら1950年代以前のボトルを飲めば良いじゃない。
って、それで解決したらどんなに話は簡単か。その理由は2つあり、同銘柄が日本に入り始めたのは1960年代から、本格的に流通したのは1970年代からであることがまず挙げられます。
当時シーグラム傘下となっていたシーバス社はキリン・シーグラムの立ち上げに関わり、シーバスリーガル12年はキリンを通じて日本市場への正規流通が始まったという経緯があります。
そしてその時点では、ラベルのリニューアルと合わせてキャップも例のヤツに代わっており。。。
また後述の通り、シーバスブランドの1950年代は復活の最中で、並行輸入もなかったようです。そのため、日本市場をどんなに探しても、1950年代流通品を見かけることは無いわけです。

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(ペルノリカール社プレスリリースから画像引用:シーバスリーガルのラベル遍歴。2022年にはまた新たなデザインへと変更が行われている。)

では、この1950年代のシーバスリーガルはどこの市場にあるかというと、答えはアメリカです。
元々シーバスリーガル12年はアメリカ市場をターゲットとして、1938年(一説によると1939年)にリリースされていました。しかしそれ以前は社として原酒の売却があったり、その後勃発した第二次世界大戦で輸出産業が崩壊するなど厳しい状況にあり、シーバス社は1949年にシーグラム社の傘下に入ります。

そして1950年にミルトン蒸留所を取得し、その後ストラスアイラへと名前を変更。(この時は名前の変更を行っただけで、特段何か大きな変更をしたわけではないようです。)
今回のレビューアイテムであるシーバスリーガル12年は、まさにミルトン蒸留所時代の原酒をキーモルトとしており、モルト比率の高さからか古き良き時代のモルトの味わいが濃く、一方で少し田舎っぽさ、素朴な感じのある仕上がりとなっています。

シーグラム社傘下でしたが、まだグループ内での扱いが低かったのか、潤沢に原酒を使えたわけではなかったのでしょう。樽もプレーンオークメインか、現代のシーバスリーガルのようなハデな樽感もありません。だからこそ、こうして飲んでみてモルトの味わいを楽しみやすいというのは皮肉なことです。
一方、1960年代に入ると35カ国に輸出されるようになるなど、シーバスリーガルのブランドが評価され、そして1970年代〜1980年代には洋酒ブームとバブル景気の日本市場へ大量に投入されていくことになり、そのボトルは現代の市場の中で地雷となって多くの犠牲者と、それでも当たりを引きたいというコアなファンを生み出すことに繋がっています。

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(1980年代流通のシーバスリーガル12年。70年代とではロゴが微妙に異なるなど変化はあるが、基本的に同じデザインが踏襲されている。)

今回のレビューでは、1950年代のシーバスリーガルのテイスティングを、歴史背景を交えて紹介しました。
なるほど、キャップに汚染されていない真のシーバスリーガルとはこういう味なのか・・・とはならないんですよね。

本記事冒頭、「だったら1950年代以前のボトルを飲めば良いじゃない。って、それで解決したらどんなに話は簡単か。その理由は2つあり、」と書いて、その理由の1つである“ブランドの歴史と流通国”に関する話をつれつれと書いてきたわけで、そう、理由はもう一つあるんですよね。
それは、1950年代のシーバスリーガル12年はブランドとして復活の最中であり、テイスティングでも触れたように、あまり多彩な原酒を使っていたような感じがしないわけです。それは上述のように歴史背景を紐解く上でも、矛盾のない話と言えます。

そして、60年代以降輸出を拡大した同銘柄には、シーグラムグループが保有するさまざまな原酒が使われているわけで、50年代とレシピが同じとは思えません。
ということは、結局我々愛好家が気になって仕方がない日本で認識されているシーバスリーガルのオールド「本来の味」にたどり着くには、地雷原の中からダイヤ一粒を探す、茨の道を進むしか・・・

あ、これ考えたらアカンやつですか。こんだけ長々と書いておいて結局何を言いたかったんだお前は?
・・・そこでくりりんは考えることをやめた。

【完】

くりりん先生の次回更新にご期待ください

安積蒸溜所 山桜 シングルモルトウイスキー 2022 Edition 50%

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ASAKA DISTILLERY 
YAMAZAKURA 
Single Malt Japanese Whisky 
2022 Edition 
700ml 50% 

評価:★★★★★★(6)

香り:穏やかにピーティーでビター、ほのかに焦げ感を伴う麦芽香。シトラスやグレープフルーツを思わせるシャープな柑橘香に、杏酒のような角の取れた酸も混じるモルティーなアロマ。時間経過で土壁のような、古典的スコッチに近い香りも開いてくる。

味:麦芽の甘みから香り同様にピーティーなほろ苦さ、ドライアプリコットや柑橘に、少しこもったような特徴的な酸味のある柔らかい口当たり。
徐々にスモーキーで、乾いた印象のあるウッディネス。余韻はややドライだが、ピートフレーバーと樽由来のウッディさがしっかりと長く続くリッチなフィニッシュ。

開封直後は樽感とピート、麦芽風味にちぐはぐなところがあり、若さが目立っていた印象もあったが、開封後数日単位の瓶内変化で上述のフレーバーがまとまってきた。何より飲んでいるとまた飲んでみようと思える後ひく要素、開いてくる個性があり、構成するノンピートとピーテッド原酒に将来性、伸び代が感じられる。少なくとも、この個性は国内では安積蒸留所にしかない。
さながら今年の夏の大会に出てきた2年生、来年のドラフト候補となる注目選手。

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安積蒸溜所(あづみじゃないよ、あさかだよ)がリリースする、複数樽バッティング、加水調整によるシングルモルト。
これまで、同蒸溜所からのリリースは、安積ファースト(ノンピート)、安積ファースト・ピーテッドという形で、ノンピートか、ピーテッドかという1か0かのリリース形態でした。

今年1月、新年のご挨拶を兼ねて笹の川酒造の社長以下と情報交換を行った際「今年は安積として初めて自社原酒のノンピートとピーテッドタイプをバッティングした、バランス寄りのシングルモルトをリリースしようと思う」と計画を話されており、それがまさに今回の1本ということだったわけです。
詳細なレシピは聞いていませんが、飲んだ印象ではバーボン樽100%で、原酒はピート4割前後、ノンピート6割前後といったところでしょうか。比較的ピーティーでありながら、麦芽の甘みや後述する個性といった、安積らしさも感じられる、良い塩梅のレシピだと思います。

ただ、開封直後は香味がまとまりきれてない印象があり、レビュー時期を1ヶ月ほどずらしました。(さぼってたわけじゃないんだからね!)
本作のリリースは5月下旬。年始の段階で構想でしたから、そこから選定、ブレンド、マリッジ、流通となると、マリッジ期間が充分取れてなかったのかもしれません。あるいは今回使われたのは熟成4年前後の若い原酒ですから、原酒同士の主張が強く、まとまるまでに時間がかかっている可能性はあります。
何れにせよ、このリリースは開封後、日に日に安積らしさ、良いところが感じられるようになり、その変化を見るのも楽しい。レビューの通りリリースとしても蒸留所としても、将来性を感じられる1本となっています。

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(2019年にリリースされた安積ファースト・右から、ピーテッド・中央、そして今回の2022Edition・左。)

さて、このブログを読まれている皆様には「またか」という記載になりますが、安積蒸留所の特徴は、なんといっても酸味です。

酸味と言っても、レモンのようにフレッシュな酸味ではなく、熟した柑橘のような、梅酒や杏酒のような、あるいはお漬物にあるような、角が取れてこもったような酸味と言いますか、他の日本のクラフト蒸留所にはない香味が個性となっています。
これがノンピートの場合は全面にあって、どこか純米酒を思わせるような要素に繋がり、ピーテッドの場合は、まるでヨード感を抜いたラフロイグのような、そんなフレーバーを形成するのです。

なぜ独特の個性が出てくるのか、正直なところそれはわかりません。
ただ、同蒸留所は2019年に以下の写真の通り発酵層をステンレスから木桶に交換しており、木桶発酵層で仕込まれた原酒飲んでみると、今ある個性は失われておらず。むしろそれらを補うような麦芽の甘みといくつかのフレーバー、そして乳酸系の酸が加わって、より複雑で厚みのある味わいへと進化しているように感じられました。
つまり発酵槽が要因ではなかった訳ですが、設備のアップデートやノウハウの蓄積による原酒の進化も楽しみな要素です。

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安積蒸留所は、現在数多くあるクラフト再稼働・新興蒸留所の中ではリリースが話題になることがそこまで多くありません。それこそ、2016〜2017年稼働組の中では地味な方と言えます。
まあ広報が弱いのは、この手のローカルメーカーあるあるの一つ。ですが、実力は本物です。個人的に、現時点での評価として日本のクラフト蒸留所で5指に入ると感じています。

実際、先日WWA2021でのワールドベスト受賞という評価に加えて、愛好家の間でも安積のモルトって美味しいよねという声を聞くことが増えてきました。昨日夜のスペース放送でも、1万円以内で買いなウイスキーを話ていた時、安積の名前が出たのは嬉しい驚きでした。
そうなんです、特に5年以下のモルトで、ここまで飲ませる蒸留所ってなかなかありません。
同蒸留所の創業1〜2年以内の原酒のピークは7〜8年熟成くらいかなと予想するところで、木桶導入後の原酒の成長も考えるとあと5年は評価を待ちたいところですが。その中間地点、マイルストーンとして今回のリリースを含む、これからのリリースを時間をかけて楽しんでもらいたい。
「あさかはいいぞ」と改めて推して、記事の結びとします。

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今日のオマケ:蒸留棟内にあるフリーWi-Fiの張り紙。山崎や余市と言った蒸留所なら見学導線にあっても違和感はないが、安積に張られていることの違和感は、きっと現地に行ったことがある人ならわかるはず(笑)。いや、良いことなんですよ、間違いなく。

ジャマイカラム クラレンドン 14年 2007-2021 for BARレモンハート 66.2%

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JAMAICA RUM 
CLARENDON 
Aged 14 years 
Distilled 2007 
Bottled 2021 
Cask type American Oak Cask 
For BAR LEMON HEART 35th Anniversary 
700ml 66.2% 

評価:★★★★★★(6)(!)

香り:溶剤を思わせる鼻腔への刺激。合わせてコニャックのような華やかさと梅酒のような甘酸っぱさ。アプリコットや白葡萄、アップルパイを思わせるフルーティーさにハーブやハッカを思わせる要素が力強く、パワフルに感じられる。

味:トロリとした粘性を伴う口当たり。樽由来の甘み、程よいウッディネスと含み香は柑橘の皮と紅茶を思わせるようであり、パワフルで舌から喉を熱く燃やすような刺激が余韻にかけて喉の奥から口内へ戻ってくる。

近年のトレンドとも言えるフルーティーで華やかなラム。ジャマイカラムらしいパワフルで厚みのある香味、ラムらしいクセもあるが、わかりやすい美味しさから高度数に慣れてる人なら問題ないだろう。またロックやハイボールにしても悪くないため、ストレート以外の飲み方も許容する間口の広い面もある(ただしラムコークは薬品香強く厳しい、ウーロン割は以下略)。
何より、ラベルとなっているBAR レモンハートの由来であるラム銘柄「Lemon Hart 151Proof」を思わせる個性と、楽しそうに飲むメインキャラクター3名の姿に、ファンも口角が上がる美味しさと面白さを備えた1本である。

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漫画だけでなくドラマとしても愛されるBARレモンハート、その原作の連載35周年を記念したボトル。
漫画の連載開始は1985年で、35周年というと2020年ですが、コロナ禍や物流の混乱、更に後述するご不幸もあってリリースが遅れ、2022年5月に発売となりました。

残念ながら、著者である古谷三敏氏は昨年12月にがんでお亡くなりになられてしまいましたが、原酒の選定、ラベルの執筆にはかかわられたとのこと。同氏もお気に入りの原酒であったとされています。
(参照・販売先:https://barlemonhart.com/shopdetail/000000000758/

今でこそ、ウイスキーをはじめとした酒類の情報はインターネットを通じて容易に手に入れることが出来ますが、レモンハート連載開始当時は情報も少なく。そんな中で魅力的なキャラクターと、わかりやすくまとめられた蘊蓄の数々は、多くの愛好家に影響を与えたのではないかと思います。

かくいう私もウイスキーを本格的に飲み始めて以降、単行本も買い集め、キングスランサム、シングルシングルベレバーレイ、グレングラント38年…等々、これは飲んでみたいと、BARや酒屋でお酒を探すきっかけにもなりました。
また、自分でウイスキーのリリースに関わるようになってからは、いつか関わったボトルがレモンハートに掲載されたら良いなと。マスター、メガネさん、松ちゃんはどんなコメントをするんだろうか。そんなことも妄想したりしました。
その夢は、おそらく叶うことはなくなってしまった訳ですが…。

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(今年4月にはお別れの会が都内で開かれ、ご招待頂きました。いち読者、いち愛好家として献花させて頂きました。)

さて、テイスティングノートでも触れたように、元々漫画BARレモンハートのタイトルの由来は、連載開始当時、アルコール度数が最も強いとされていたラム、Lemon Hart 151Proof (75.5%)からとられたものとされています。
Lemon Hartは、ウイスキーで言う山崎や白州のような、単一蒸留所の名前をとった銘柄ではなく、蒸留所非公開で買い付けた原酒を元にブレンド、生産されているブランドとなります。

そのため、1980年代と現代ではブランド所有者も変わり、蒸溜所も異なるとされていますが、オリジナルの151Proofは、ガイアナで作られる濃厚な色合いのデメラララム(ダークラム)。これは非常にパンチのある味わいである一方で、黒蜜やキャラメルのような濃厚な甘さ、ダークフルーツのアクセントがあり、カクテルベースはもとより、葉巻との相性も抜群のラムとなっています。

一方で、今回のPBリリースは、ジャマイカにあるクラレンドン蒸留所の原酒がボトリングされています。どこの蒸留所?と思われる方は、マイヤーズラムの構成原酒、というとイメージしやすいでしょうか。
しかしコアな愛好家だと、レモンハートの記念ボトルはオリジナルと同じデメラララム、ガイアナ産であってほしかった、という想いもあるかもしれません。ですが一時期、Lemon Hartはジャマイカラムもリリースしており、決して無関係というわけではありません。

また、味わいも濃厚な甘酸っぱさと華やかさがありつつ、余韻は151Proofのそれを彷彿とされる、ジャマイカラムらしいパワフルで燃えるような刺激もあって、いかにもワイルドな男の酒と言う感じに仕上がっています。
マスターはきっと笑顔になるし、メガネさんは良い酒だとニンマリ呟くでしょう。松ちゃんはひえーと叫んで水か氷を入れてくれと言って、マスターから「こんないい酒を水で割るなんてもったいない」なんて注意されているかもしれません。

なんだか原作蘊蓄成分多めな記事になってしまいましたが、単純に熟成ラムとして見ても、この1本は価格的にも香味的にも、ウイスキー好きにオススメな1本です。
特にシングルカスク系のリリースを普段から飲まれていて、ホグスヘッド樽で長期熟成した内陸モルトが好みな方。あるいはグランシャンパーニュ等の華やかなコニャックがお好きな方。ラムらしい癖は当然ありますが、それ以上にわかりやすい美味しさで、1日をキッチリ締めてくれることと思います。

メガネさん「強い酒を飲んで記憶が切れる時、これは最高の快楽の境地なんだよね」
では、今夜はこのあたりで。。。

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キリン 富士 シングルブレンデッド ジャパニーズウイスキー 43%

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FUJI 
KIRIN FUJIGOTENBA DISTILLERY 
SINGLE BLENDED JAPANESE WHISKY 
700ml 43% 

評価:★★★★★(5ー6)

香り:トップノートはややドライ、エステリーな要素とほのかに溶剤系のニュアンス。奥から柔らかく熟した果実を思わせる甘い香りが、モルト由来の香ばしさと合わせて感じられる。穏やかで品の良い香り立ち。

味: 口当たりは柔らかく、穏やかな甘酸っぱさ。グレーン系の甘みとウッディネスから、モルト由来のほろ苦さ、薄めたカラメル、ほのかな酸味。香りに対して味は淡麗寄りで、雑味少なくあっさりとした余韻が感じられる。

基本的にグレーン由来のバニラや穀物感が中心で、ほのかにモルト由来の香味がアクセントになっているという構成。グレーン8にモルト2くらいの比率だろうか。樽もバーボン主体であっさりとしていて飲みやすく、綺麗にまとまった万人向けの構成。その中に富士御殿場らしい個性を備えたブレンデッドでもある。
ストレート以外では、ハイボール、ロック共に冷涼感のある甘い香り立ちから、飲み口はスムーズで軽やか。微かに原酒由来と思しき癖があるが、食事と合わせるとまったく気にならない。

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キリン・ディスティラリー社が操業する富士御殿場蒸留所から、2022年6月にリリースされたシングルブレンデッドウイスキー。
以前、ロッホローモンド・シグネチャーブレンドの記事でも記載していますが、シングルブレンデッドとは1つの蒸留所でグレーン、モルト、どちらも蒸留・熟成してブレンドしたウイスキーが名乗れるカテゴリーで、ジャパニーズではこのリリースが初めてではないかと思います。

同社はかねてから「クリーン&エステリー」というコンセプトでウイスキーを作ってきましたが、ブランドとしてはプラウドとか、DNAとか、モルトをPRしていた時もあれば、グレーンメインの時もあり、ブランドイメージは紆余曲折があったところ。富士山麓から富士へとメインブランドを移行した現在は「美しく気品あるビューティフルなウイスキー」を目指すブランドを掲げています。

商品開発にあたっては、シングルブレンドだからこそ表現できる、蒸留所としての個性、テロワール。それを実現するため、同社が作ってきたライト、ミディアム、ヘビータイプのグレーン原酒に、モルト原酒をブレンドし、美しいハーモニーを奏でるようにブレンドしたとのこと。
開発コンセプトの詳細なところは、田中マスターブレンダーと土屋氏の対談記事に詳しくまとめられており、公式リリースを見ても社としてかなり気合の入ったブランドであることが伺えます。(参照:https://drinx.kirin.co.jp/article/other/4/

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さて、当ブログの記事では、そうした開発側のコンセプトを踏まえつつ、1人の飲み手として感じたこと、知っていることなどから、異なる視点でこの「富士シングルブレンデッドジャパニーズウイスキー」を考察していきます。

まず「クリーン&エステリー」とされる、キリンのウイスキー”らしさ”とは何か。なぜそのらしさは生まれたのか。
それは同社におけるグレーンウイスキーとモルトウイスキーのルーツにあり、話は同蒸留所の立ち上げ(1970年代)まで遡ります。

キリンビールは当時世界のウイスキー産業に大きな影響力を持っていたシーグラムグループとの合弁会社としてキリン・シーグラムを設立し、富士御殿場蒸留所を1972年に建設。翌1973年にはロバートブラウンをリリースしたことは広く知られています。
こうした経緯から、富士御殿場蒸留所はスコッチとバーボン、両方のDNAを持つなんて言われたりもするわけですが、それは製造設備だけではなく、良質な輸入原酒を調達することが出来たということでもあり、実際上述のロバートブラウンは輸入原酒を用いて開発、リリースされていたことが公式に語られています。

一方、当時の日本市場で求められた飲みやすくソフトなウイスキーを作る上で、足りないパーツがグレーンと、スコッチモルトとは異なるクリーンな原酒でした。
例えば現代的なブレンデッドのレシピで、モルト2,グレーン8でブレンドを作る場合、モルトとグレーン、どちらを輸入してどちらを自前で作ったほうが良いかと言われれば、輸送コスト、製造効率からグレーンということになります。

そこで富士御殿場蒸溜所は、シーグラム社のノウハウを活かしグレーンスピリッツを造りつつ、その後はバーボン系のヘビーなものから、カナディアンやスコッチグレーンのライトなもの、その中間点と、日本でも珍しいグレーンの造り分けを可能とする生産拠点として力を入れていくことになります。
また、モルト原酒に関しては、当時のしっかりと骨格のあるモルティーなスコッチタイプの原酒とは異なる(あるいはそれを邪魔しない)、ライトでクリーンなものが作られるようになっていきます。

つまり、シーグラム社と共に、日本市場にウイスキーを展開するにあたって必要だと考えられた原酒を自社で生み出す過程で、富士御殿場蒸留所の方向性は「クリーン&エステリー」となり。
それが現代に至る中で洗練され、今後は国際展開を狙う上で知名度があり、仕込み水や熟成環境で恩恵を受ける富士山の美しく壮大な外観と掛けて「ビューティフルなウイスキー」となっていったのです。

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サントリーやニッカに代表される、多くの国内蒸留所でモルトが先に来るところ。キリンのウイスキーは独立した一つの蒸留所としてウイスキーを作り始めたのではなく、グループの一員として、商品開発をする上で必要なモノを補う形でウイスキーを作り始めた、立ち位置の違いがあった蒸溜所創業初期。

しかし2000年代にはウイスキー冬の時代があり、シーグラムグループも影響力を失い、キリン独自のブランド確立が求められて以降、苦労されていた時期もありました。
ですが同社の強み、ルーツであるグレーン原酒の作り分けを活かしつつ、大陸に咲く4本の薔薇関連も活用して富士山麓ブランドでファンを増やし。近年では「富士シングルグレーンウイスキー」に代表されるアメリカ、カナダ、スコッチという各種グレーンウイスキーの良いとこどりとも言える、自社原酒だけでのハウススタイルを確立。
またそれをベースとし、クリーンなモルトと掛け合わせて、「富士シングルブレンデッドジャパニーズウイスキー」が誕生し、キリン・ディスティラリーはジャパニーズウイスキーメーカーとして大きな一歩を踏み出したのです。

今回のリリースは、富士シングルグレーンと比較すると、熟成感は同等程度ですが原酒はミディアム、ライト系の比率が増えたのか、モルトの分ヘビータイプグレーンの比率が減ったのか、あっさりと、よりクリーンにまとめられており、一見すると面白みのないウイスキーと言えます。
特に開封直後は香味がドライで、広がりが弱いとも感じており、コンセプトの「味わいまで美しい」をこのように解釈されたのか、または一般的に流通の多いブレンデッドというジャンルに引っ張られすぎてないかと疑問にも感じました。
しかしこうして考察してみると、歴史的背景からも、蒸留所の培ってきた技術からも、そして狙う市場とユーザー層からも、これが富士御殿場蒸留所を体現するスタンダードリリースとして、最適解の一つではと思えてくるのです。

以上、中の人に聞いた話も含めてつれつれと書いてきましたが、1本のウイスキーからここまであれこれ考えるのはオタクの所業。しかし間口が広く、奥が深いのは嗜好品として良い商品の証拠でもあります。
キリン・ディスティラリー社は本リリースを軸に、国内のみならず中国、オーストラリアを含めた海外展開を大きく強化する計画であり。これまで今ひとつブームの波に乗れていなかった感のあるキリンが大きな飛躍をとげる。富士シリーズはそのキーアイテムとして、同社のルーツという点から見ても、これ以上ないリリースだと言える。。。
そんなことを酔った頭で考えつつ、キリがないので今日はこの辺で筆をおくことにします。

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以下、余談。
富士シングルブレンデッドは、モルトウイスキーとグレーンウイスキーを用いるブレンデッドでありながら、裏ラベルには国内製造(グレーンウイスキー)の表記があり、モルトウイスキーが使われてないのでは?実はグレーンウイスキーなのでは?等、異なる読み方が出来てしまいます。

実はこれ、改正された表示法(ジャパニーズウイスキーの基準ではない)の関係で、一番多いモノだけ表記すれば良いことになっており、モルトウイスキーはブレンドされてますが、表記されていないだけなのです。
ビール含む、酒類全般を見て改正された表示法なので、ウイスキーに全て合致しないことはわかりますが、なんとも紛らわしい。。。

三郎丸 THE SUN ブレンデッドウイスキー 2022 48%

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THE SUN 
SABUROMARU WHISKY 2022
The symphony of Saburomaru malt and World matured grain
700ml 48%

評価:★★★★★★(6)

香り:香り立ちは焦げたようなピーティーさ、アーモンドの皮を思わせる焦げた木材、仄かにスパイス。三郎丸モルトらしいスモーキーなアロマと合わせて角の取れたウッディネス、複数の樽由来の複雑な甘い香りが立ち上がり、全体をより複雑にしている。

味:オイリーで柔らかく、どっしりとしたコク、厚みのある濃厚な口当たり。三郎丸モルトらしいピーティーなフレーバーに、焦げた木材やグレーン由来の甘み、ほろ苦さ、微かにハーブ。後半から余韻にかけてはママレードジャムのような角の取れた甘酸っぱさ、濃い甘みがあり、余韻のスモーキーさとビターなフレーバーが全体を引き締めている。

富山県産ミズナラ樽熟成の三郎丸蒸留所2018年蒸留モルト原酒を軸に、シェリー樽、バーボン樽等で熟成した同蒸留所のモルト原酒と、12年以上(最長16年)熟成の輸入グレーン原酒をバッティングしたブレンデッドウイスキー。グレーンについては輸入後にワイン樽等で追加熟成を行ったものが使われている。

ブレンデッドというとグレーン主体の無個性な印象が香味の先入観としてあるが、このブレンドはかなりモルティーで、古典的なブレンド比率と予想される。そのため、味わいは三郎丸蒸留所の個性そのもの。それを追加熟成したグレーンと合わせることで、個性を楽しみやすくしつつ、ウイスキーとしては飲みやすく仕上げている。加水の具合もいい塩梅で不足は決して感じない、作り手のセンスを感じる1本。

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先日、三郎丸蒸留所から5320本限定でリリースされた、三郎丸の名を冠するもう一つのウイスキー。
自社モルト原酒と、追加熟成した輸入グレーンとの掛け合わせは、同じクラフトでは厚岸蒸溜所のブレンデッドウイスキーを彷彿とさせるコンセプト。ただ、スピリッツで輸入して全てを国内熟成している厚岸に対して、三郎丸は10年程度熟成の状態で輸入したものを追加熟成し、ブレンドに用いている点に違いがあります。

使われている三郎丸モルトは、三宅製作所製のマッシュタンを導入して、酒質として大幅な改善を果たした2018年蒸留。
これを富山県利賀産ミズナラ樽で熟成した原酒を軸に、三郎丸蒸留所のシェリーやバーボン等さまざまな樽での熟成原酒を用いてレシピを構築。スモーキーな香味に感じられるスパイシーさ、ママレードジャムのような濃厚なオレンジフレーバーがこの原酒由来でしょうか。
余談ですが、ミズナラ樽は熟成3年強で想像以上のエンジェルシェアがあったようで、想定していた以上に樽数を使ったと稲垣マネージャーがボヤいてました。

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(三郎丸蒸留所で熟成中のミズナラ樽。三四郎のロゴが目印。)


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(熟成中の原酒の状態を確認する稲垣マネージャー。スパニッシュオークカスクで2年強という原酒は、早くも色濃い甘さとウッディな香味が。)

そしてこのブレンドを紹介する上でもう一つ重要なパーツが、冒頭部分でも触れた追加熟成グレーンです。
実はこのブレンドに使われたグレーン、自分は一度飲んだことがありました。
それは三郎丸蒸留所とのタイアップでオリジナルブレンドを作ろうという企画を進めていた、2019年の夏のこと。提供いただいたサンプルの中に、追加熟成前のグレーンがあったのです。

結論から言えば、その時のグレーンはドライで甘みが足りず微妙だなあと。自分はブレンドを作る上で、違うものにチェンジしてもらったわけですが。しかし追加熟成を経て今回のブレンドに使われた12〜16年熟成のグレーンは、間違いなく口当たりの柔らかさ、全体のバランスとコクのある甘みに繋がる良い仕事をしています。
グレーンの追加熟成に使われたという焙煎樽も、メローなフレーバーを付与し、全体の1要素として貢献していますね。同じ樽はT&T TOYAMAが調達した原酒の熟成にも使われていて、そういう意味で将来が楽しみになるところでもあります。

今回のリリースはテイスティングで記載したように、三郎丸蒸留所のピーティーで厚みのあるフレーバーの個性を全面に出しつつ、それを複数の樽やグレーンでまとめ、奥行きを出し、一本筋の通った複雑さを形成したブレンドです。
これは荒削りながら響や鶴のような、日本の大手メーカーがリリースするブレンデッドウイスキーにも通じるコンセプトなんですよね。
そのコンセプトを実現するには、様々な樽を用いて熟成した、作り分けた原酒がなければなりません。日本最小規模ながらリニューアル以来コツコツと原酒を作り続けてきた、三郎丸蒸留所がついにこの領域に入ってきたかと。感慨深さも感じる1本でした。

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(THE SUNのハイボール。グレーンによる繋ぎが解けて、逆に多彩な味わいとなる。構成原酒由来のフレーバーを理解する上では、この飲み方が良いかもしれない。)

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