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日本で発売されているブレンデッドウイスキーには、原材料として、写真のように「原材料:モルト、グレーン」という表記があります。

一般的な食品表示法の観点から言うと、原材料が左側に書いてあればあるほど、含有量(重量)が多いと理解されます。
ところが、スーパーやコンビニなどで販売されている1本1000円しないような安価なブレンデッドウイスキーであっても、1本1万円を超えるブレンデッドウイスキーであっても、この表記は同じです。

ブレンデッドウイスキーは、クラシックなスタイルや意図的にモルトの個性を際立てたものでない限り、多くのレシピが半分以上グレーンで構成され、まして安価なものであればなおさらその傾向は強くあります。
それを食品表示法の観点で整理すると「原材料:グレーン、モルト」と表記されるべきでは?という疑問が残るわけです。


この点について、ちょっと周囲で話題になっていたので、自分もウイスキー製造関係者に質問したりして、現場の整理などを確認してみました。
結論から言うと、日本で作られるウイスキーは"原材料の表示義務"がなく、その表記については別途定められている「ウイスキーの表示に関する公正競争規約及び施行規則」の整理で、モルト、グレーンの順に表記すると”読める”ので、それに倣っているというのがオチです。

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ウイスキーの表示に関する公正競争規約及び施行規則
以下、施行規則該当箇所。
(1) 原材料名
ウイスキーの特長を決定する要素に 基づき、「原材料名」という文字の後に、 次に掲げる原材料名を順次表示するも のとする。
・麦芽又はモルト
・穀類又はグレーン (「穀類」又は「グ レーン」の括弧書として類名を記載し又は穀類の種類名をそのまま表示しても差し支えないものとする。)
・ブレンド用アルコール (穀類を原料とするものを除き、これらを当該ウイスキーにブレンドした場合に表示するものとする。)
・スピリッツ (穀類を原料とするものを除き、これらを当該ウイスキーにブレンドした場合に表示するものとする。)
・シェリー酒類 (容量比で2.5パーセントを超えて使用した場合に、表示する。)

※スコッチなどの輸入ウイスキーは公正競争規約の対象外。
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「順次表示する」とあって、施行規則の順番がモルト、グレーン、ブレンド用アルコール、スピリッツとなっているので、施行規則のまま対応すると、比率は関係なく現在の「モルト、グレーン」表記で統一される。どんなブレンデッドを「モルト、グレーン」の順番に表記しても、法的には全く問題ないのです。

一方、バーボンのようにコーンや小麦が8~9割、モルトが1割といったマッシュビルが公開されていて、比率が明らかな物は、一般的な理解に倣って「グレーン、モルト」と表記されるケースもあります。バーボンは公正競争規約の対象外だからとも言えますが、日本産グレーンウイスキーも同様の記載であるため、これが紛らわしさに繋がっています。
またスコットランドからバルクでブレンデッドウイスキーを購入すると、使われているモルトとグレーンの比率がわからないものもありますから、それをブレンドした場合仕上がった製品の正確な比率もわからなくなるため、施行規則の読み方に倣う形になる、というわけです。

こうした法令等で誤認を招く箇所については、文面を変えずとも注釈や補足資料をつけるなどして整理ができそうなものです。
ですが該当箇所は施行時から変わっておらず。言い方は悪いですが、これまでウイスキーを購入する側に、比率とか順番とか、あるいは輸入原酒とか、気にされる方はそう多くなかったということもあるのでしょう。
日本でウイスキーの定義に関する問題意識が一般に広まったのが近年であるように、表示の整理が長くこの記載のままであったのは、それが問題にならなかったからであると推察します。


ところで、この施行規則にはもっと根深いことが書かれており、個人的には原材料順序よりそちらのほうが問題であるように考えています。
それは、同じ項目にある「ブレンド用アルコール」と「スピリッツ」について。これらは"穀類を原料としたものである場合"は、記載する必要はないという点です。

おそらく、この記載は”酒税法第3条15項ウイスキー(ハ)”との横並びをとったものと考えられます。
該当箇所は当ブログでも度々触れていますが、日本の酒税法で定義するウイスキーについてまとめた酒税法上の記載。
ウイスキーは「イまたはロに掲げる酒類※にアルコール、スピリッツ、香味料、色素又は水を加えたもの(イ又はロに掲げる酒類のアルコール分の総量がアルコールスピリッツ又は香味料を加えた後の酒類のアルコール分総量の百分の十以上のものに限る)」とする。
イはモルトウイスキー、ロはグレーンウイスキーですが、ハは原酒100%ではなく、ざっくり計算で度数50%のモルトウイスキー10に対して、アルコールやスピリッツは90まで添加しても、ウイスキー扱いすることが認められているというものです。

ここで先に紹介した施行規則における整理を合わせると、ノンエイジのウイスキースピリッツは勿論、穀類で作ったブレンド用アルコールであれば、上記の整理で90%まで混ぜても原材料には表示されず。
そしてどのボトルもウイスキー表記で原材料:モルト、グレーンとなるのです。(表示されているブレンド用アルコールは廃糖蜜など、糖分を持つものから作られたアルコールと考えられます。)

正直、これは危ういところだと思いますね。
ここまでやるとそもそも味でモルトの風味なんて感じられないし、しかしカラメル添加でそれっぽい色合いにはなっている。流石に完成度云々のレベルではなく、果たしてウイスキーといえる飲み物なのでしょうか。

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ちなみに、シェリーの2.5%未満は香味料としての整理になります。
何でシェリーだけ個別に記載されているのか。ウイスキー≒シェリー樽熟成の歴史的背景から、樽に染み込んでいる分を計算しているのかと思っていましたが、樽は容器であり、染み込んでいたものや元々あった成分が溶け出てしまうのはノータッチ。
また、ワインを添加することは整理がないので難しいけれど、ワインフィニッシュとして、ワイン樽に染み込んでいたワインが溶け出すのは問題ありません。ということは、一度樽に染み込ませてしまえば何でも混ぜられるということに。。。

どの分野もそうですが、結局、抜け道はいくらでもあります。それを完全に塞ごうとすると、いたちごっこになるか、極論同じものしか作れなくなって競争性が担保出来ない領域になりなす。
それ故、こうしたルールはある程度の柔軟さも必要で、それをどう解釈して使うかという作り手の姿勢にかかってくると言えます。

現在の日本のウイスキーに関するルールは、まさに解釈次第で毒にも薬にもなります。
いい方向に使えば新しい可能が、そうでない方向に使えば粗悪なものが。冒頭触れた原材料標記の順序にしても、ウイスキーとして"完成度が高ければ"個人的にはどちらでも良い。例えばモルト4:グレーン6、モルト6:グレーン4のブレンドを飲み比べてみても、グレーン比率が高いから質が悪いという訳ではなく、前者の方が完成度が高い場合もままあります。

ウイスキーブームで様々なメーカーが業界に参入する昨今。我々愛好家に求められるのは規制を声高に叫ぶ以上に、より良いものを作ろうとする真摯な作り手を、自分の目と耳、あるいは鼻と舌で見極めることではないかと思うのです。