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富山県の若鶴酒造から、日本最長熟成となる「シングルモルト三郎丸1960 55年熟成 700ml 47%」の発表が行われました。


この発表に先立つこと約1週間前の6月15日、若鶴酒造の関係者であるIさんと意見交換の機会を頂いておりました。
今回の記事では、その意見交換の内容から、ウイスキー業界に本格参入する若鶴酒造の動きと、発売されるシングルモルト三郎丸1960について紹介します。


若鶴酒造は、サンシャインウイスキーなどの地ウイスキー的なリリースを行っているメーカーで、実は現在も蒸留を続けている長い歴史を持つ蒸留所です。 
その若鶴酒造が蒸留所ならびに設備を新設・拡張し、ウイスキー業界への本格参入を狙っていることは、先日発行されたWhisky World誌にも掲載されたところ。
今回の意見交換では、今後の計画ならびに蒸留の方向性などを詳しくお聞きすると共に、こちらからも資料をお持ちして、狙うべき酒質やターゲット層など、今後の展開について熱く語り合いました。

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(五郎丸?いえいえ、三郎丸蒸留所です。若鶴酒造のある富山県の地名です。)

飯田橋にあるIさん行き着けのお店で始まった今回の会談。 
見た目は下町の一品料理屋的な感じなのですが、ここのお店、魚介系のレベルがめちゃくちゃ高い。
今が旬のいわしのなめろう、マダイの刺身に若鶴酒造のお酒である「苗加屋 特別純米」をあわせ、お互いに関する雑談に花を咲かせたところでいよいよ本題、今後の蒸留計画についてです。

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(同社の蒸留設備。現在稼動しているのは30年ほど前に設置したもの。
ウイスキーでは珍しいステンレス製のポットスチルです。)

若鶴酒造は1952年からウイスキーの生産を開始。通常は日本酒の仕込みをメインとし、それが終わる7月から10月にかけてウイスキーの製造を行ってきました。
通常毎年仕込みを行っていますが、ウイスキーの消費量が落ちた時期などは製造しないこともあったそうです。
この辺は江井ヶ島と同じですね。違うのは間にブランデーを挟まないことでしょうか。
ポットスチルはステンレス製の単式1つのみで、初留が終わった後で一度蒸留器を清掃し、同じ蒸留器で再留するというシステム。そのため、生産量は決して高くなく、年間2000リットル程度しか製造していないのだそうです。 
正直、よくもまあこれで長く続けてきたものだと、関心してしまったくらいです。 


熟成に使われてきた樽は、ここ最近はバーボンバレル中心で、過去にはワイン樽なども使われていたようです。
ピートレベルを示すフェノール値はジャパニーズでは驚きの50PPM。これはアードベッグとほぼ同じということになります。
ここでIさんが持参された平成6年蒸留の20年熟成のカスクサンプル(50%)をいただきましたが、甘く華やかでアプリコットなどを思わせるフルーティーさに、ちょっと焼けた樽材のようなクセ。
ピートは50PPMも感じないほど穏やかで、後半にかけて染みこんで来るタイプ。何より樽感が程よい感く、熟成のバランスは悪くありません。 
以前製品版のサンシャイン若鶴20年を飲んだときは、ゴムのような強いクセを感じて閉口モノだったのですが、このサンプルは普通に美味しく、びっくりしてしまいました。

日本の熟成環境(特に特別な熟成庫を持たない地ウイスキー)でバーボンバレルの20年というと、気温の高さなどから通常はもっとウッディーなモルトになることが多いのですが、同蒸留所は樽を日本酒の酒粕等の保管庫と同じ場所に置いており、夏場は冷房を入れて温度管理をしているのだそうです。 
樽熟中のウイスキーは、温度の高い夏場を越える度に樽感を濃くしていく傾向にあり、その夏場の温度が空調によって上がらない。それならこの地ウイスキーらしからぬ熟成感も納得です。 


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同社は今後、蒸留設備を拡張し、ビジターセンターも整備していく予定です。 
古くなった設備を一新し、銅製のポットスチルも入れるなどして、ウイスキー業界に本格参入しようとしているわけです。

ただクラフトウイスキーメーカーは、その規模や生産量から大手メーカーのように幅広く原酒を作ることは出来ません。どんな原酒を作っていくか、将来的にどのような味を目指すかというマイルストーンと、最終目標を定めておくことは最重要事項と言えます。 
ターゲットとする客層も重要です。所謂居酒屋でハイボールを飲んでいるだけの層を狙うのか、それともウイスキーにこだわりを持っている層を狙うのか。
前者の場合はクセなど不要で飲みやすい味わいを目指していけば良いですが、待っているのは大手との熾烈な競争です。営業力が低く、どうしても割高になるクラフトには勝ち目の薄い戦いです。
後者の場合は質で勝負ということになりますが、こだわり層に認められる個性を出すことが出来れば、大手とも勝負できます。

このあたりはお互いの問題意識と意見が一致しており、50PPMという麦芽を活かしてヘビーピートで仕込もうということ。現クラフトウイスキーメーカーにない重めなタイプを目指していくことで、差別化を図るという狙いから、富山という地方のイメージを込めていければ良いのではないかという話になりました。
すなわち、どこか不器用で、無骨で若干とっつきにくさはあるけれど、根はまじめで一皮向けば親しみやすいという、クセを楽しめるようなウイスキーです。 
仕上がるには長い時間が掛かると思いますが、日本酒などで経営基盤のしっかりしている企業だけに、腰の入った大物手を狙う打ち回しで勝負して欲しいと思います。

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同社は60年以上前から蒸留を続けているため、多少原酒のストックも残されています。
その中でも最長熟成となるのは1960年蒸留の55年オーバーで、樽は赤ワイン(ポートワイン)樽とのこと。そう、今回リリースされるシングルモルトの原酒です。
熟成庫にはこの樽が複数残されており、これらをバッティングし「シングルモルト三郎丸1960」として発売する運びとなったわけです。 
(上の画像右側がその原酒。濃い色をしていますが、50年クラスとは思えない透明感もあります。)

本品は、発売されたジャパニーズウイスキーとしては山崎50年や軽井沢1960を越える日本最長熟成のシングルモルトという事になり、話題を集めそうです。
既にNonjattaが「三郎丸!?なんだそれ!?サイトは日本語かよ!俺たちも飲みたい!(意訳)」と、興奮気味なポストを投稿しています。
また、残されたその他の原酒をどうリリースするかも注目どころ。少なくとも同社の場合はシングルモルトウイスキーとしての知名度があまり高くなく、評判も決して良いわけではないというハンデがあるため、この辺を払拭するための戦略も必要かなと感じています。 

この後、場所を日本橋に移し、樽のことや原酒のことなど、終電過ぎまで長々と濃い話をさせていただきました。
もう一つ面白い話もあるのですが、これは別な機会にお伝えできればと思います。
ウイスキーブームの中、今後熾烈な競争に身を投じることになる若鶴酒造(三郎丸蒸留所)。地域に根付いた「富山ウイスキー」を発信する蒸留所として、注目していきたいと思います。


追記:最近、ブロガーくりりんとしてウイスキー業界関係者とお話する機会が増えてきており、私のようなただのオタクにこのような機会、恐縮しております。
そろそろブロガー名での名刺もつくらなアカンですかね・・・。なんか恥ずかしいですけど。
なお、この記事で使用している写真は、Iさんならびに富山の腐った梨ことモルトヤマのしもの君からご提供いただきました。
同(梨)氏も先日若鶴酒造を見学したそうで、Iさんの熱意と今後の計画に感銘を受けていました。
今後は富山コンビでウイスキー業界を盛り上げていって欲しいですね!